東京事変・オルタナティヴ - 1998年

1. 東京事変・オルタナティヴとは?

「東京事変」以降に分岐するルートのひとつ。既存記事におけるルートとの大きな違いとしては、以下の点が挙げられる。

  • 日本政府が正常性維持機関の傀儡政権になっている(JSCAは形骸化する)
  • 現実崩壊区域周縁部がスラム街「トーキョー・サークル」になっている
  • 日本の治安は極めて悪化し、経済格差も深刻になっている
  • 日本政府は独裁を敷き、企業の自由を認める代わりに人々の人権を抑圧している

2. 日本はどうなっているのか

2.1. 政治

東京事変によって国会議員の7割近くが死傷し、生存した国会議員によって臨時議会が招集される。正常性維持機関の緊急事態時行動計画と、党綱領に同意した議員たちによって「日本自由党」がサイト-81██で結党された。同時に残った政府機能の集約を行うべく正常性維持機関の施設等に臨時政府が設置されるが、現実性崩壊の拡大によって北上を繰り返した。

最終的に群馬県前橋市の南方で現実性崩壊事象が停止したため、臨時政府は隣接する群馬県高崎市と前橋市を新たな行政機能中枢拠点に設定。正常性維持機関のバックアップのもと、中央省庁ほか三権の中枢の再建を開始する。

中央における要人や官僚の大半が死亡したことを受け、臨時政府は正常性維持機関との「協定」に基づいて憲法の停止を宣言。被害に遭わなかった地方の知事らが抗議を申し入れるも、甚大な被害に伴う経済・社会不安がすでに起きており、超法規的措置を行わざるを得ないという結論を得ることになる。

2.1.1 「一般協定」

正式名称は「財団ならびに世界オカルト連合と日本国の間における施政権を含む国家主権および超法規的措置一般に関する協定」。
1998年のヴェール崩壊から二年後の2000年、財団と世界オカルト連合によって明かされた日本国と正常性維持機関における協定。内容は多岐にわたり、国家の主権に優越する正常性維持機関の力、すなわち「人類制憲権」にもとづく正常性維持機関の超法規的取扱いを認めたもので、「史上最悪の主権侵害」「21世紀の不平等条約」と呼ばれた。平時における正常性維持機関の権力も十分問題視された1が、有事においてどのような権限が正常性維持機関へ引き渡されるのか不透明な部分が多い2ため、批判が多い。

報道機関による批判はある程度あるものの、ヴェール崩壊以降「正常性人脈」と呼ばれるような「権力者たちに近い」構成員たちの表舞台への登場によって、ヴェール崩壊当初ほどの勢いはなくなっている。各国も同様の協定を正常性維持機関と締約しており、正常性維持機関をどの主権国家にも優越する事実上の「世界政府」とみなすような考え方の根拠ともなった。

日本における一般協定では、正常性維持機関の持っている有事シナリオ(Kクラスシナリオ等)対応計画に基づいた権限の引き渡しが「有事条項」として規定されているが、具体的には「施政権の全面的な引き渡し」であり、正常性維持機関の派遣する顧問団の指示や助言に基づく統治が国家に義務付けられることになっていた。ただし多くの条項は「有事においては国家緊急権に基づいて統治を正常性維持機関が代行すること」を想定したものであり、事態対処が完了したのちは「可能な限り速やかに」施政権を国家へ返還することが定められていた。

日本は東京事変で行政・司法・立法の中枢をすべて失ったことにより、同条項の発動を受けたが、事態対処の完了後も「自発的に」財団や連合の顧問団を行政の中枢に置き続け、国家の効率的な復興を志向した強権的な性格へと変貌させた。この過程で協定はJAGPATO等を通して改正されており、有事条項におけるいくつかの条文が修正された。この在り方については諸外国からかなりの批判を受けたが、国民投票によって統治形態の継続について大多数の国民の支持を得たことから、内外にその正当性をアピールすることとなった。

2.2. 経済

現実崩壊災害の余波によってEVE量子パルスが発生し、瓦礫とバラック小屋の並ぶ荒野と化した南関東。年間数百兆円規模と言われる経済損失によって日本の復興は絶望視され、国債は猛烈な売り浴びせを受けた。円の通貨価値は暴落し、政府・日銀は急激な金利上昇によって債務超過に陥った。終戦直後以来のハイパーインフレーションの発生であった。

イベント・オッタル──カワウソ内戦にともなう欧州債務危機によって金利低下が続いていたユーロに続いて、海外資本の逃避先となっていた円にも信用不安が生じてしまった。これによって、全世界で株式市場は全面安となった。

これは信用力が低い東南アジア、南米などの新興国市場からの資本逃避も併発させ、「トウキョウ・ショック」のはじまりとなった。

2.3 治安と安全保障

東京地方現実性崩壊災害(東京事変)後、災害対策基本法に基づく災害緊急事態と警察法に基づく緊急事態が布告され、内閣による警察力の一元的な統制と自衛隊による災害派遣と治安出動が実施された。

この「緊急事態」は正常性維持機関が生存した国会議員を招集した「緊急国会」によって直ちに追認され、その後一年半にわたって延長が繰り返された。この間、法曹界からは宣言の実効性や民主的統制からの逸脱が指摘されたが、行政府の再建を優先する緊急国会および正常性維持機関によって黙殺された。

首都機能の分散移転と臨時政府の再建に目処がたった2019年に入り、緊急国会は「緊急事態基本法」を満場一致で制定した。同法はそれまで施行されていた緊急事態措置について、明確な期限を設けることなく延長する権能を政府へ与えた。同時に、緊急事態法制を整理統合し、基本的人権を停止する権限を明確にした。

こうした政府による独裁の制度化が進むことで、復興政策は極めて効率的に行われることになった。一方で、海外資本による日本への投資は低調な状態が続いた。国内では反正常性維持機関運動や過激派によるテロリズムが横行しており、治安情勢はなべて悪化していた。政府は自衛隊による治安維持活動を継続・拡大し、これに対抗していた。

折からの独裁的な統治に加え、治安の悪化と急激な軍拡が近隣国や先進国を警戒させていたのである。

政府は世論の圧倒的な支持を背景に、あくまでも軍事力による治安維持活動の継続にこだわった。流れに乗る政府が正常性維持機関に提案した改憲案では、自衛隊の改組──国軍の再整備と拡充が掲げられており、さらなる対外関係の悪化は免れないと見られた。事態を憂慮した正常性維持機関は、政府内における防衛省と内務省の対立を利用し、「国内における治安維持機能を持った部隊」を自衛隊から切り離すことを主張した。これが日本における新たな暴力装置──「国家憲兵隊」の端緒となった。

2.3.1 「国家憲兵隊」の成立

正常性維持機関の肝いりとして創設される「国家憲兵隊」が、内務省の所管となる計画が明らかとなると、防衛省──自衛隊は激しい抵抗を見せ始めた。双方の利益代表者である大臣協議でもまとまらず、一部急進派幹部による内務官僚の不当逮捕事件にまで発展した。警察と自衛隊による武力衝突が目前とさえ言われるなか、細谷首相による命懸けの仲裁によって政治的妥結が成された。

多くの譲歩や妥協の末、けっきょく「国家憲兵庁・国家憲兵隊」は、内務省の外局として設置されることが決まった。ただし戦時下においては自衛隊の指揮下に入ることが定められ、いくつかの高位ポストが防衛省指定となるなど、防衛省への配慮が随所に見られた。

99. 東京事変・オルタナティヴの登場人物たち

99.1. 政府関係者および周辺

細谷 幸史

  • 内閣総理大臣補佐官(超常関係政策担当)
    → 内閣府特命担当大臣(超常政策・防災担当)臨時代理
    → 内閣総理大臣臨時代理
    → 第99代内閣総理大臣
  • 東京都品川区出身
  • 早稲田大学政治経済学部卒業
  • 新人議員時代には長老議員相手に一歩も引かずに論戦を挑むことで有名だった

細谷 慧

  • 幸史の妻
  • 北海道札幌市出身
  • 幸史の伯父が見つけてきたGOCフロント企業の重役(=GOC極東部門高級幹部)の令嬢
  • 学生時代は乗馬部に所属しており、現在もその趣味は続いている
  • 聖心女子大学現代教養学部卒業

荒井 経彦

  • 幸史の私設秘書
  • 幸史の伯父のもとで働いていた秘書
  • 選挙参謀として幸史の当選を一回目から支えてきた
  • 中央大学法学部卒業
  • 司法試験浪人の経験がある

西宮 慶吾

  • 第98代内閣総理大臣
  • 保守党総裁
  • 正常性維持機関との連携強化を訴えて首相に
  • 細谷の出身派閥の前領袖(首相就任に伴い辞任)
  • 政治家一族の四代目
  • 若い頃は高身長の美男子として鳴らしていた
  • 東京大学法学部卒業

福長 成平

  • 統合幕僚長たる空将
  • 医者の一家に生まれるも反発で自衛隊入隊
  • 防衛大学校第20期卒業
  • 元パイロット
  • TACネームはFiend(フィーンド)

99.2 財団関係者

狭間 羽陽

  • 財団日本支部政治局行政監督部上席調査役
  • 財団・政府主任連絡担当官
    → 内閣参議官(財団)
特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License