デサストレ2015 序章
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2015/7/13
10:35:20 (UTC+2)
スペイン王国 カタルーニャ自治州
バルセロナ市 トンガラシ翁の魔術工房

埃が舞う航空機格納庫。魔術工房には相応しくないその場所にはプロペラ機が置かれている。そのプロペラ機は一見すると普通のものにように見えるが、よく見るとコックピット回りが通常のものより狭く、小さいことが見て取れる。その傍らには2つの小さな人影……いや、小動物の影が見て取れた。それは2匹のカワウソだった。片方のカワウソはプロペラ機の内部部品を器具を使いチェックしている。

「あーあ、やっぱり擦り切れてやがる。こりゃあ取り替えないとダメだな。……アマリア、そこの棚の緑の電子回路を取ってくれ」

メンテナンス作業をするカワウソがもう片方のカワウソ……セイルの双子の妹であるアマリアに声を掛ける。しかし、アマリアは呆然とした様子で立ち尽くしていた。その様子を見た片方のカワウソは溜息を吐きながらアマリアに近付き、その肩に前腕/手を掛ける。

「おい、アマリア」
「えっ、あっ……セイル。何……?」
「また考え事か?」
「……うん」

やれやれ、という感じでセイルと呼ばれたカワウソは頬を軽く掻く。

「アマリア、翁が言ってただろう。"儀式"が終わったら学校に通わせてやるって」
「それもあるけど、その"儀式"って何のためにするのか、どういうものになるのか聞いたことないし……」
「さぁ、オイラにも分かんねぇけど、今回も下級か中級あたりの悪魔の召喚なんじゃないか?」
「それにしても用意しているものが、大掛かりというか……」
「大掛かり?」
オトの分霊、聖職者のミイラ、エスパーニャスペイン土地神ゲニウス・ロキの分霊……どれも軽い魔術行使では使わないようなものだし、この間もどこかの宗教の聖遺物を用意していたり、本当に普通の儀式なのかなって」
「相変わらず考え過ぎだ、アマリア」

セイルは妹を諫めるように言う。

「そうだと良いけど……」
「心配性がすぎるぞ。その悪い癖はイシュケンベからも注意されていたろ?」
「イシュケンベは……いや、うん、そうなのかな」

アマリアは何かを言い掛けたが、途中でセイルから掛けられた言葉を肯定する。

「それに儀式の予定まであと一月程だ。それまでにオイラたちも用意しておかない。儀式の時にお前の左手でこれ飛行機を隠しておく必要もあるし」
「うん」
「それに数ヶ月も何していたんだが分からんが、明日には翁が香港から帰ってくるしな」
「そう、だね……」

アマリアの表情は依然として不安の感情に満ちていた。
 









【速報】バルセロナで大規模なEVE爆発 次元ポータル発生か

2015年8月13日 20:01

現地時間13時半頃、スペイン・バルセロナ北西部で大規模なEVE爆発が発生した。ロイター通信などによると、バルセロナ北西部のサリア=サン・ジェルバシ地区の山岳部の一部が崩落し、約200m幅にもなる次元ポータルが出現。次元ポータル内には大きさ約50mにも未知の物体が確認されている。

現在、救助隊による住民の救助活動が続けられているほか、スペイン超常省、SCP財団スペイン支部、GOC西欧部門による緊急対応が行われている。スペイン政府、SCP財団スペイン支部、GOC西欧部門の三者は現地時間17時にもマドリードで合同会見を行うと発表している。






2015/8/13
13:32:42 (UTC+2)
スペイン王国 カタルーニャ自治州
バルセロナ市 上空1000m

「なんだよ、これ……」

バルセロナ上空を飛ぶプロペラ機。通常ならば未登録機は飛行禁止とされることが多い現代の空だが、その機体は地上に居る人々はおろか航空管制にも気が付かれてはいなかった。これは機体に掛けられている隠形術反ミームによるものだった。しかし、それよりも異常なものが地上、サリア=サン・ジェルバシSarrià-Sant Gervasi/Sarriá-San Gervasio地区の魔術工房があった場所に見えていた。

「大きな、繭」

アマリアがそれを形容する言葉を呟く。その通り、数十メートルもあろうかという大きな繭が崩落か何かでできた穴に蓋をするかのように挟まっていた。その周辺には警察、軍、GOC、そしてSCP財団の関係者らしき者たちが集いつつあるのが見えていた。

「どういうことだよ、翁。オイラは言われた通りの空路を飛んでいただけだぞ……それがどうしてそんなことになっているんだよ」
「セイル」
「どこかで空路を間違えたのか?だとしたら」
「セイル!」

助手席から大きな声を掛けられる。セイルはその呼びかけで落ち着きを取り戻す。

「……アマリア」
「とりあえずどこかに着陸しよう。このまま飛んでいても何もできない」
「そう、だな……」

自身の妹からの提案でセイルは操縦桿を傾けようとした時、操縦席の通信機から声が聞こえてきた。

「セイル、アマリア、聞こえるか」
「イシュケンベ?」

それは同じ主人を抱くアルパカ系AFCの青年、イシュケンベのものだった。

「どうやら無事だったみたいだな」
「イシュケンベ、この状況はどういうことなんだ?何が起こっているんだ?」
「落ち着け、セイル。手短だが話す」

イシュケンベは短く息を吸い、そして語り始める。

「翁は神になった。いや、なろうとしているところだ」
「何を言っているんだ、イシュケンベ……翁が神だって?」
「そうだ。それも飛び切りの邪神にな」
「……」
「信じられないと思うが、これが現実だ」
「なぁ、オイラたちはこれからどうすればいい……?」

セイルが震えた声を出す。この状況に頭が追い付かず、混乱続きであった。それに対してイシュケンベはある一言を出す。

「逃げろ」
「イシュケンベ……?何を言っているのかオイラには分かんないよ……それに逃げるならイシュケンベも」
「セイル、我が友よ。お前と過ごした日々は楽しかった」
「イシュケンベ!」

セイルの叫びをよそに、イシュケンベはアマリアにも語りかける。

「……アマリア、セイルを頼む」
「イシュケンベ……」
「頼む」
「……わかった」

アマリアはイシュケンベの頼みを承諾するが、セイルはそのやり取りを聞いて声を上げる。

「イシュケンベもアマリアも何を言っているんだ!そんなこと……」
「セイル、飛んでいけ、より良い未来のために。お前たちの未来は、お前たちのものだ」

兄妹の乗るプロペラ機が霧に包まれていく。

「喰われるためではない、死なぬためではない、未来に向けて飛んでいけ!我が友、セイルよ!」

そして、霧が晴れた時、そこにプロペラ機の姿形は無かった。










私は兄妹を遠くの場所に移転させたことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。

翁は自身の従僕に対してギアスを与えていた。それは主人に対する敵対心と逃亡しようとする気持ち、そして危害を与え得る行為の阻害であり、それは私にも例外なく与えられていた。しかし、その呪縛は翁が紛い物の神となったことで切れた。私と兄妹は自分の意思で思考し行動する自由を得たのだ。だが、兄妹には私が持っていないギアスの以外の呪縛……概念的な、いや、儀式的な呪縛も与えられていた。それは行動と思考に影響を与えないものだったが、ある意味ではギアスより質が悪いものであった。私はどうしてもその呪縛を切ってあげたかった。しかし、私の持つ知識ではどうにも出来なかった。それだけが私の心残りである。

意識が薄れてくる。工房の崩落に巻き込まれただけでも不運なのに打ち所が悪いとはツイていない。いや、翁の従僕となっていた時点で運など無かったか。まぁ、翁はともかく、兄妹と過ごした日々は私の中で良い思い出となった。これだけは最後まで、あの世まで持っていこう。そして、最後に彼らに向けて思った。

彼らの道筋に幸があらんことを。







Record 2015/08/17 - 291010

UE-1115特別対策委員会による記録


メンバー:


[記録開始]

クラス: それで、アルジェリアからの返答は?

チュエカ: 神格存在の国内輸送は認められない、と。

アディ: (舌打ち)ブーテフリカめ……話が違うじゃないか。用意しておいた大型の輸送車を無駄にするつもりか。

クラス: 流石の長期政権維持者も世論には勝てなかったということだろう。バックラッシュで周辺地域が吹き飛ぶかもしれないものを持ち込ませたくない気持ちは理解できる。

チュエカ: だからこそ人口密度が低い砂漠地帯で合意に至ったはずなんだがな。まさか、直前になって反故にされるとは……。

アディ: で、セウタに停泊中の大型アノマリー郵送タンカーはどうするつもりなんだ?あれは財団の船なんだろう?バルセロナに戻すのか?

クラス: 戻すのは無理だ。現状、UE-1115は激しい活動を見せてはいないが、元から生態活動が鈍いのか、単なる休眠状態なのか分かっていないんだ。早めに処理できるならした方がいい。

チュエカ: アレをいつまでもセウタに置く訳にもいかんからな……それにモロッコからの抗議も激しくなっている。連日国境沿いでデモ隊の合唱が行われている状態だ。

クラス: 場合によっては大西洋公海上での処理も検討しなければならないだろう。……大西洋沿岸の国、特にアメリカが首を縦に振るか分からないが。

アディ: せめてコヴァルスキが中国から帰ってくればな……。

クラス: 我々の方も南シナ海の騒動で人員が取られているんだ。ぼやいても仕方がない。今はできることをやるべきだ。

チュエカ: そうだな。私からも首相に提言する。

クラス: 我々の方も本部に掛け合ってみるとしよう。

[記録終了]







……演算中。

……演算内容確認。

……確認完了。

"三女神"による予測結果を表示します。

スペインにおける大規模イベントの予知内容発生推定値は以下の通りです。

イベリア半島を震源とした大規模次元崩落による地球消失……31%
ピチカート手順によるスペイン国家滅亡……29%
超常組織群による大規模イベント収束……10%
正常維持機関による大規模イベント収束……22%
大規模イベントを要因とする世界線剪定による実存世界消失……18%







2015/8/20
12:55:33 (UTC+2)
スペイン王国 セウタ自治都市
セウタ港 SCPSシグエーニャ

甲板が燃えている。

正確には燃料タンクから漏れ出したオイルに火が移り、甲板を焼いている。そこには先程まであったはずの"繭"ではなく、形容し難い巨大な"何か"が居る。それはまっすぐとイベリア半島方面に視線を向けていた。

(あの怪獣は……海峡の向こう側を見ている……?)

このような状況にも関わらず冷静に"それ"を観察していると、後ろから声をかけられる。後ろを振り返ると、息が途切れ気味な同僚の姿が視線に入った。

「何やってんだ!そこで突っ立ってると怪獣が何か仕出かした時に巻き込まれるぞ!」
「ああ……すまない。手間を掛けさせた」

同僚の言葉を受けて船員の男は急ぎ足で歩き出す。そして、男は現在の状況について尋ねた。

「現在の状況はどうなっているんだ?」
「シグエーニャは小破、負傷者は今のところ7名。マグリブの財団の協力でセウタ市民の避難誘導が続けられている。現在、艦長がイベリアの評議会に被害状況と対神格部隊の増援要請を伝えようとしてるが、通信が繋がらない状態だ」
「繋がらない?まさか……」

男が次の言葉を出そうとした瞬間、突如として艦が上下に揺れた。

「なんだ!?」
「……怪獣だ。怪獣が動き出した」
「なんだと!?」

2人は怪物が居た方向に振り返る。そこには怪獣が北の方角へと向かって歩き出す姿が目に入った。それはセウタの方には目もくれず、ただまっすぐとジブラルタル海峡の向こう、イベリア半島へと向かって進み始めている。イベリア半島方面の空には雲が少なく晴れわたっていた。ただ1つ、おかしな点を上げるとしたら──






2015/8/20
14:29:44 (UTC+2)
スペイン王国 マドリード自治州
マドリード市 プラド通り

なぜですか、なぜですか、と涙声で叫びながら子を抱きしめる母親。体を震わせながら天を仰ぐ男性。虚ろな目で呆然と立ち尽くす女性。パニック状態となり叫び声を上げ続けている人々。そのような混沌とした群衆の中を手を繋ぎ掛け進む姉弟が居た。

「お姉ちゃん……」

弟の方は不安気だと誰にでも分かる声で姉を呼ぶ。

「大丈夫……警察のところに行けば何とかなるから」
「でも……お母さんが……」
「大丈夫だから……もう少しで着くから、そしたらお母さんも探してくれる。きっと」

自分にも言い聞かせるように、血縁関係のない弟──フィト・チュエカ・エンリケ──に声を掛ける姉。台詞だけ聞いたら迷子の姉弟が母親を探すために行動しているようにしか見えないだろう。しかし、状況とその姿が異常だった。

辺りには衣服が散らばり、人の姿が無く、代わりに言葉を解するカワウソが大勢。今いる街の人々全てが──チュエカ姉弟も含めて──カワウソの姿をしていた。カワウソたちは突然の状況に混乱している。どうして、なぜ、これは夢だ、彼ら彼女らは総じて現実を受け止められていないように見えた。

駆け足で進み続けていた姉が突如として立ち止まる。それを見たフィトは小さな声で「どうしたの?」と尋ねるが、返事はない。姉は無言のまま空を見上げている。

その空、マドリードの上空は、昼であるにもかかわらず禍々しい血の色のオーロラが出ていた。大気を異常な電磁波が走り、空の色を穢れた血で侵襲していた。姉はそれを険しい表情で見ている。

「"神様"が居るなら言いたい。どうしてこんな悪趣味なことをするのか」

姉──トマリギ・I・チュエカ・エンリケ──の呟きは混乱の叫声の中に消えていった。






2001/9/11
21:24:15 (UTC-5)
アメリカ合衆国 ニューヨーク州
ニューヨーク市 マンハッタン区

次元崩落による混乱の最中にあるマンハッタンのとある路地裏。膨れた腹部の成人女性が胸元から血を流しながら壁にもたれ掛かっている。彼女は苦痛に悶えながら息を吸っている。

そこに男の影が近付いてくる。その影は女性のすぐ近くまで来ると彼女に声を掛けた。

「おい、大丈夫か」

その声に女性は弱々しくも反応する。

「あなたは……」
「財団の者だ」
「ざい……だん……」
「それよりその怪我はどうした?悪魔かテロリストにでもやられたのか?すぐに応急手当しないと──」
「騙されてたんだ……」
「……何を」

男の声を遮るように女性が喋り始める。

「私は騙されていたんだ……何もかも……」
「……」
「バカみたいだよね……恋人だと思っていた相手に銃を向けられるなんて……」
「……彼氏にやられたのか?」
「彼氏……のことをそう思ってたのは……私だけだった……」

女性の目から涙が溢れる。

「仕事が落ち着いたら婚姻届を出そうって、子供ができた時も喜んでくれた……でも、嘘だった……街がこんなことになって、逃げ回っていたら、彼に会った……」

男は女性の話を聞いている。

「彼は、私に銃を向けながら言ったの……全てはこの時のためだけの嘘、お前と結婚するつもりはない、子供も認知するつもりはない、ここで死んでもらうって……」
「そうか……」
「私……何を言っているんだろうね、初対面の相手に……」
「苦しいのなら喋らなくてもいい」

女性の様子に苦悩の表情を浮かべる男。実のところ男は分かっていた。女性の怪我は助かる可能性が低いものだということ。そして、女性自身──エルミラ・ソリス・モランテ──もそれを分かっていたことに。

「ねぇ、お願いがあるの……」
「……なんだ?」
「お腹の子だけでも……助けてほしいの……」
「それは……」
「どうか……お願い、双子……なの……」
「……わかった。君の子供は助けよう」

男はエルミラの願いに対して返答する。その言葉を聞いて初めて安堵の表情を見せた。

「あり……がとう……」
「礼はいらない。とにかく今は……」
「……」
「おい、大丈夫か?おい、おい……」

男が呼び掛けるが、エルミラからの言葉はもう二度と帰ってこなかった。

「……なぁ、シャンク。死に掛けの母親を騙して、赤ん坊2人の人生を犠牲にするのがお前の言う"望ましい選択"なのか?」

何者でもない男Nobodyの独り言は虚空に消えっていった。





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