「猿児さん、SNSのお友達とやり取りですか?」
「……んお、晴明博士。えぇ、彼とは実に趣味が合いましてねぇ。」
時は午前の11時。昼食にするつもりの弁当を右手の袋に提げて、晴明博士はオフィスルーム左端のドアを潜ってやって来た。購買が混む前にと買ってきたのは、割といつも通りのシャケ弁。
猿児のデスク周りのラックには、相も変わらず特撮怪人等のクリーチャーデザイン画集が詰まっている。晴明博士はそのラックの端から覗いた表紙にチラリと目をやると、そのまま視線を猿児にスライドさせて彼に話しかけたのだった。
「ん……?このスイング、最終回オーロラ必殺verか……?」
対してこのエージェント、猿児秀楠は自前のPCを堂々開き、一般人たるネッ友とのリプライ会話に興じている。今現在の彼の職務は "捜索中のオブジェクトの情報を受け取り次第、いつでも出られるように待機する" 事……。その情報が入る通信機は充電フルで卓上にしっかり置いてあるので、一応職務上最低限は、問題無いと言えば問題は無い。
("臨戦態勢でくつろぎ中" という訳ですね……。)
感心してるのか呆れてるのか、晴明博士が自分でも判別のつかない感想を抱いている中、猿児は自前PCの画面に向かって身を乗り出して貼られた画像を凝視する。
猿舞怪人
……オーロラ必殺ver!?
これは良いものを……。
ヤードライ
(・∀・)b! イエス!
これ、当時ガチャマシン10台くらい巡って回しまくった末にGETしたんだよ!
猿舞怪人
お見事ですな……!こうして実物の写真を見ると、かなり劇中エフェクトカラーの再現度が高いというね。マジョーラ塗装が効いてる。
晴明博士は画面横から覗き込み、猿児のネッ友が挙げている "スイング" ──即ちデフォルメ頭身の特撮ヒーローキャラを象った4cm程のフィギュア型のストラップ──の画像に猿児と同じく驚嘆する。
「……これ、今もう通販サイトとかでも高騰しまくってるやつですよね猿児さん……!?」
「ご存知でしたか。実に羨ましい、良い品ですよ。」
\ピロロン。/
リプライ再び。
ヤードライ
生で見ると更に凄いぞ(・∀・)b
……私は遠巻きに確認しつつ、声をかけられるタイミングを探りつつ。
私はあの2人から、情報を仕入れねばならない理由があるんだ。
・
・
・
【20██/04/08 発端】
「怪人態のデザインに統一感があるのが良いな」
「多分ガルグイユ・ブロンズ倒すのにあれ使うな。」
「やっぱ変身者、青梅か?」
昼下がりの休憩室。エージェント・猿児と晴明博士が、タブレットで何やら見ながら話し込んでいる。内容はまるで分からないけど間違いない、特撮ヒーロー作品について語ってる。
「…………。」
柱の影から、少し離れて二人を観察。私自身は、別段ヒーロー番組に関心は無い。んだけど……
『えーお姉さん知らないのー?』
……同年代や少し上くらいの同僚の中には、ちょくちょく子持ちになる人も出始める。そして仲良い数人が、正に4歳、5歳の男の子を連れている。そして彼らと子供たち込みで会食に行って喰らった言葉がこれである。……私は、子供たちと会話可能な話題を、何一つ持っていなかった。
(あの子たちから、"つまらない人" 判定は喰らいたくない……!)
私、エージェント・牧野春は、今日こそあの2人を捕まえて教示を頼もうと決めている。このサイトに於ける私が知ってる範囲内にて、間違いなくあの2人こそが求める知識にトップクラスで精通してる。
……柱の影で深呼吸。よし。休憩室奥の自販機近く、丸テーブルの座席に並んで座る背中に話を切り出す瞬間を……
……あれ?
今のところ休憩室には、私と彼らの3人だけで。多分私に気づいてないな、って感じの2人ではあるけれど、だからといってこの私、話しかけるのを躊躇するような人見知りでは……
「この撮影場所よく見ますよね。」
「えぇ、ここはサイトからでも、電車で数駅行けば着く場所ですよ。」
「マジですかそれは知らなかった……!」
「運良ければ遠巻きに撮影してるの見えますねぇ。」
(……そもそも話しかけるタイミング、無いじゃん!)
タブレットに齧り付き、2人で私に背を向けて、趣味の会話は途切れるという事が無い。しかも現在進行で再生されてる映像を見ながらなんだから当然……
(……え、何?再生終わるまで待つ?しか???)
そのタイミングで、猿児と晴明博士は動画の、戦闘シーンの視聴を止めた。猿児のポケットの中の端末が、調査中オブジェクトの出現を知らせる着信を受け取ったからだ。同じく私の端末からも、「ビリリリ!ビリリ!」と着信アラームが鳴り響く。
「動向を追っていたHERO構成員と思われる実体が現れた。場所を伝える、大至急現場に向かってくれ。」
「「アイツ、何処に出たんです?!」」
私と猿児がほとんど同時に声を上げ、耳に押し当てた端末からは、今の配属で私達の上司にあたる天倉博士がその出現ポイントを告げる。
これで猿児は漸く少し離れた柱近くに立ってる私に気付いたが、未収容状態のオブジェクトが出たとなっては最早、それどころでは無くなってしまった。
「障壁粉砕救命士ティル・ローズレッド、ですか。」
眼前に濛々と広がる黒煙は、この広いアーケード街の奥端にある四角いビルから吐き出されていた。路の左右に立ち並ぶ、甘味やコンビニ、ジャンクフードや服飾の店から雪崩のように人が此方へと逃げてくる。
「こちらエージェント・猿児。現場に到着、火災の煙で問題のビル周辺は、えぇ。かなり視界が悪くなるかと。」
私は通信機のマイクに向かって報告を入れつつ、同行の女性エージェントである牧野春との連携のためハンドサインを送る。耐火服の装備とカバーストーリーの補助を兼ねて消防士に扮した我々は、現場ビル手前のここで二手に分かれる。牧野はアーケード中央を直進するルートで接近し、その間に土地勘のある私はメインルートを外れビル建物の裏側を固める。双方共に、それぞれ同じく消防隊姿になった機動部隊を伴って。
「……オフ以外でここに来るとはね……。」
全く勘弁して欲しいものだ、と私はメインアーケードとは対象的に狭く入り組んだ横道をリズミカルに疾走する。右へ、左へ、斜め左へ……、7人規模の"消防隊"が建物の隙間を縫っていく。……そもそも私がここに強い土地勘を持つのは、アーケード奥の大規模なエリアに特撮関連、並びにその他サブカル関連の店舗が極めて充実している為だ。故にここ一帯は私にとってオフの象徴たるものであり、そこで暴れる、しかもよりにもよってHERO実体というのは醜悪な冗談以外の何物でも無かった。
(牧野春君の桃髪は、こんな状況に耐火服、でさえなければ此処のサブカル感によく馴染んでたでしょうね……。)
そんなどうでもいい思考を振り払い、アーケード終端とサブカル領域の境目に聳える3階建ての服飾店の前に、否、裏口に立つ。
……既に非財団関係者の消防隊による救助は行われつつも、まだ何人かの生存者を上階に取り残したまま状況は膠着している様だ。彼らとてプロフェッショナル、例のHERO実体さえ出てこなければ既に全員を救助できていただろうに……。
「何……?えー、えぇ。爪を持った不審者が、と。はい。酷く混乱してるようで、はい。」
「兎に角、中にいる生存者の有無は!!?」
現場消防隊員の混乱したやり取りが私達の周囲を飛び交う。左手にチラリと見えた隊員たちは、10歳ほどの少女の手当をしながら安心させようと語りかけ、号泣と混乱に混ざる声の中から証言を汲み取らんと必死だ。
「隊長、現在の状況は?」
対して我々、"偽物"の消防隊の一群。機動部隊の長が私を"隊長"と呼び、カバーストーリー上でその立場にある私はいかにもな姿を演じつつ声を張る。……救護用の物資を抱えて駆けていく本物の若い消防隊員からの、尊敬と羨望めいた眼差しにバツの悪さを感じつつ。
「状況は現在、服飾店1階が炎上中。逃げ遅れた要救助者と"問題"の位置は2階もしくは3階、これは救助済目撃者の証言から明らかだ。」
こういう場合、会話でオブジェクトの注意を引き付ける役割も想定した上でエージェントたる私が形式的には突入隊長のポジションに就く。別に立場的に偉い訳では全く無いが、隊を纏める号令をかけるのは"隊長"の仕事なのでそれを果たさねばならない訳だ。
……さぁ、……突撃だ。
アーケードの途中で分かれ裏へ回った猿児のチームとは別に、アーケードのど真ん中から表口を突破して。
私、牧野春のチームは彼らよりも一足早く問題のビルに潜入し、入口付近の付近の階段を使い2階に辿り着いた……のだが、状況は思ったよりも歪だった。所々で煙や炎が立っていたが、それによってできたものは思えないような床の穴、そして瓦礫が幾重にも点在する洋服屋だった空間。
金属製のハンガーラックはどれも、ひしゃげて瓦礫に潰されて、まるで誰かが故意に荒らしたらしきそれらの痕跡はこの2階の奥まで続いている。
可能な限り目立たぬように、視界確保のライトも最小に絞り、チームの先頭数人を伴って壁伝いに様子を伺う。
……明らかに異質な動きと声が響いて、例のヤツを見つけるまでにそう時間は要さなかった。2階スペースを二分する真ん中、見るからに元は閉じていただろう防火扉が引き裂かれ破られていて……、
その先に、問題児はいた。
「──例え何が行く手を阻もうと!ティル・ローズレッドがいる限り助け出して見せる!」
安物のスピーカーが出すような声を発しながら、それは3本の爪を生やした仰々しい見栄えの腕を振り回し、防火戸や周辺の床を闇雲に破壊していたのだ。
「あいつ滅茶苦茶じゃないか」
思わず小さい声で漏らしてしまう。本来ならば、逃げ遅れた人を救助するのに防火戸を破壊する必要は皆無だ。
この文句に呼応するかのように、実体の金属爪を打ち付けられた床や壁からから特段大きな音が響き渡った。
「……こうなりましたか。」
崩しかけたバランスを、コンクリ壁に右肘を突いて取り直す。1階奥の、狭いスペースを通った先に開けた階段スペースに閉じ込められた形だ。
……一先ず状況を整理しよう。我々は火の手の上がる1階から突撃し、耐火服の耐えうる30秒程度の時間の内に、その炎の中を駆け抜けた。"突入隊長" の私を先頭にして。そこまではいい。
「で、問題なのが……」
コンクリ壁に突いた肘、続けて添えた同じ右手の掌に体重をかけ両足で再び立ち上がる。向き直る背後に火の手は無いが、その代替であるとばかりに崩れ落ちてきた瓦礫の壁だ。……早い話が、後続の機動部隊と完全に分断され出口を塞がれた。
……障壁粉砕救命士ティル・ローズレッド。思考の中でその名を反芻し噛みしめる。上階の床から天井ごと崩れるように落ちた粉砕鉄筋コンクリは、どう考えても至極普通な二次災害の類いではあるまい。
「…………ッ。」
意図的か偶然か。ローズレッド例の問題のブツはこっちに気付いてるのか?……尤も、いずれにしても取るべき対応は変わらないだろう。
「……エージェント・牧野春。聞こえるか?」
断熱ケースから取り出した通信機に口を押し当て小声で、別動隊もう片方に連絡を取る。
「なんとか。ただローズレッドアレの音がでかくて聞き取りにくい。そちらにも被害が行ったのか?」
「あぁ、えぇ。最悪の場合気付かれた可能性。」
「なるほど……。勘付いてやったとは考えにくいけど、その線もあり得るから警戒は怠らないで。私達は表口から忍び込んだけど、まだ気づかれてないみたい。」
「……分かりました。じゃあこうしましょう。私も単独で、ローズレッドブツに接近をかまします。気付かれてるなら囮として注意を引けるでしょうし、……そうでなければ万々歳なんですがね。」
「……なるほど?……オーケー、上手く行けば合流だ。勘付かれてたらその時は、すまない、全力で奴の注意を私達から逸らして。」
物音を殺して通信機を口から離し、一挙一動に注意を払って階段を登る。踊り場の折り返し部分で身を潜め、密かに上階へと観察の目を向ける。先程の瓦礫崩しから大きく動いていなければ、問題のHERO実体はこのすぐ上にいる。
…………。
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·
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「必ずだ、君の命の灯火を!障壁粉砕救命士、このティル・ローズレッドが消させはしない!見よ!両腕のテリジノ・クローを!僕がこの場に駆け付けた時、どんな命も──」
……ビンゴ。照明の落ちた暗がりの中で恐らく濃紅色なのだろう装甲服の実体が、自分で崩した鉄筋コンクリート片の山から "被害者" を引きずり出そうと悪戦苦闘している。その倒れてねじ曲がった身体は階段側に投げ出され、瓦礫の奥で電子音声に合わせて動いているらしきそのローズレッドとは違い、斜め下踊り場スペースの陰から至近距離で見上げる姿勢の私にはその正体がよく分かる。
(……要救助者とマネキンの区別がついてないんじゃ、恐らくあのHEROは既にどこかの機能がイカれてそうだな……。)
しかも両前腕部の鍬が如き巨大な3本爪はどう考えても邪魔になるだろう、要救助者の付近で振り回していい代物じゃない。
(本来あれも、折り畳んで収納する機能とか付いてて然るべきじゃないのか……?廉価版玩具でもあるまいし。)
「君が助けを呼ぶ限り、諦めることは決して無い!例え何が行く手を阻もうと、如何なる障壁が立ちはだかろうと、無敵の両手で打ち砕く!──」
何れにせよ少なくとも、こちらの存在に気付かれている可能性は元の予測より遥かに低そうだ。それならば一度階段の影に降りて……
……と、そう考えて、私は上体を動かし階下へと視線を移そうとする。
ダンッ、ダンッ、ダンダンダンダン……
私から見て反対側、ローズレッドを挟んだ向こう側からの轟音に反射的に振り向いた先にあったのは、バランスを崩しこちら側へと瓦礫もろとも転倒してくるHERO実体の姿だった。
突然の、建物全体に響き渡るが如き轟音は、HERO実体とは別の大柄な影が猛スピードで突進してくる音だった。
それは突然過ぎて、何が起こったのかのかを理解するのに十数秒かかった。
突然誰かが現れたと思いきや、ソイツはローズレッドにタックルをかまし、吹き飛ばした。改めて姿を確認する。新たにお出ましした人物は人型ではあった……が、一言で表すならば、「二足歩行をしたサイ」だった。あるいは、「サイをモチーフにしたスーツを着た人」か。両肩の角もまた目立つ。
「──誰レだ!?」
HEROの方も予想外だった様で、体勢を整えるのに時間がかかっている。何ならあちこちに損傷ができており、言葉もどこかおかしい。本当にスピーカーで喋っていたようだ。
できた隙を逃すはずもなく、サイ人間が再びローズレッドに向かってタックルを仕掛ける。しかし──
「はぁァっ!」
掛け声とともに、ローズレッドは咄嗟に腕を構え、飛びかかりながら腕を振り回した。今度はサイ人間が面食らう番だ、肩の角を一本折られながら、派手に吹っ飛ばされる。
「邪魔すものノはこの腕で打チ砕いて見せ──!」
救助という名目はどこへやら、HEROを名乗る破壊者はサイ人間にすぐさま駆け寄り、腕の鍬でタコ殴りにしている。倒すことに完全に集中しているようだ。……このチャンスを逃すわけにはいかない。隊員を見渡し、合図を出す。
「容赦はないぞゾ怪じジんめ!例えどんな障害がろうロウとも、ティル・ローズズレッドは──」
「今だ!」
掛け声を出すと共に、2人の隊員がサイの人物の様にタックルを仕掛ける。ローズレッドは鍬を構えるが、こちらはそうは甘くはない。死角からエージェント・猿児が標的の足を引っ張る。予想外の連続に混乱するローズレッドは大人しく2人分のタックルを受けると共に、地面に体を打ち付けた。直後に猿児は彼にスタンガンをお見舞いした。
バチチチチチチチチ!!
ティルローズは痙攣し、がっくりと項垂れる。気を失ったようだ。ここまでくれば、後は起きる前に拘束具を付けるのみ。そして……
「……これで確保に成功っと。」
「今回のは面倒でしたね。」
猿児と顔を見合せ、一瞬ほっとする。しかし、のんびりしている暇は無い。まだ下の階は火事のままな上、取り残された人がまだこの階にいる。そして、先程のサイの様な人物も探さなければならない。
確保したHEROは他の隊員に任せ、残りのメンバーで荒れきった店を捜索する。要救助者を発見するのはそうそうかからなかった。
「子供の兄妹を発見、物陰に倒れていた様です。」
「こちらでも高齢者の女性を発見。HEROの構成員が飛ばした瓦礫に当たった模様。」
……問題児がやってくれたことは、本当に大きかったようだ。
こうして、取り残された人々と目標の人物を全員確保したは良いものの、サイの姿をした人物だけはどうしても見つからなかった。
「大丈夫です、安心して。立てますか?」
隊長に扮した私、猿児は一度問題のビルからは出て、軽症に分類される側の一般人を誘導中。財団医療機関の救急隊が、オブジェクトを目撃した可能性のある重症者を運び出す妨げになるのを防ぐため。そして同時に、収容班が例のビルからローズレッドブツを隠して担ぎ出すのを目撃されるリスクを消すため。
「あ痛たた……」
避難の際に足を負傷したらしい老婦人に肩を貸し、取り敢えずは安全であろうアーケード入口の外まで送り届ける。
「やぁ、ありがとね。」
私が脹脛の負傷の消毒を済ますと老婦人はそう言った。とりあえず、骨が折れたりはしてなさそうだ。
続いて別の隊員エージェント達に連れられてきた他の一般人にも最低限の消毒をする。無論メインの仕事ではないのでその後は救急にバトンタッチではあるのだが。
アーケード前の広場スペース、中央寄りの円形ベンチを起点に左の壁沿い側へと移動。負傷者でごった返す中、派手めな模様のコンクリ壁に背中を預けた男は額から流血している様だ。
「応急ですが、手当しますんで……」
「いや大丈夫、皮膚切っただけっす。見た目派手だけど。」
処置しようとした私の作業を彼の言葉が静止する。ズングリと着膨れした彼は隣に置いたリュックに片腕を乗せつつ、少し離れて壁沿いにいる子供の兄妹の方を指し示す。その左手の甲も血で汚れてはいるが、大きな傷は無さそうだ。
「多分あっちの方が優先度的に上っすわ。」
確かに間違いないな、と納得の上で私は足早に移動する。少し違和感と既視感を、頭の片隅で感じながらだが。
・
・
・
【20██/04/12 配属と混乱】
「本当にもう、なんで私が……?」
「まあまあまあまあ、なってしまったことは仕方がないので頑張りましょうよ。」
「それでも今度の土日が確実に潰れることになるのは重荷ですよ。」
「私もここから数日は終業0時後が確定しました。」
昼下がり、サイト内に財団側から臨時に用意された広めの密室の中、私は間食を食べながら晴明博士と会話をしていた。ストレスとなる要因が多すぎて、誰かに話さないと気が済まない。ここなら壁も厚いし、部外者に聞かれることもないだろう。
「【何らかの台詞】」
あれからしばらく経ったが、ティル・ローズレッドが起こした事件はまだ終わっていないようなものだった。ソレの確保が終わって直ぐ様今度はサイのアノマリーの捜索の業務に就くことになった。しかも「現場で一度本物を目撃している」ということでリーダー格に。
【数行の会話文】
あの火事の現場にはローズレッドが折った角がまだ残っていたため手がかりになるかと思ったが、実は結ばなかった。警察犬を使って臭いを頼りに追おうにも、踏み荒らされた現場の臭いが邪魔をする。なんとか臭いを探し当てても途中までしか辿れず、とある地点で警察犬が立ち往生してしまう。しかも今となっては臭いも残っていない。周囲の監視カメラからをチェックしても破損があったりで使えず、奇跡論周波の検知等超常技術パラテックを使っても成果無し。テレポートで現場から痕跡を残さずに消えたのだろうか、いずれにせよ、苛立ちが募るばかりだ。
「上のモンもほぼムダってこと分かっててこういうことに私ぶちこんでんしょーねきっと~~。」
晴明博士は本来この件について直接的な関連が無いが、サイ人間がどのようなアノマリーなのか分からない以上、広い分野の専門職員が必要だろうと言うことで、神学の観点からの研究者としてこの案件に呼ばれている……とは言ったものの、関連性などほぼあるわけが無く、のんびりした口調でありながら無駄な仕事が増えたとか言うことをそれとなく垂らしている。
「もう本当、こんな仕事が増えちゃうなんて予想外だよ……。」
……それだけならまだ耐えられたのだが、もう1つ苛立つことがあった。この期に及んでエージェント・猿児が休暇を取りに取っているのだ。
別に、休暇を取ること自体には何の問題も無い。人間は時に休息が必要だ。エージェント・猿児も私と同じ任務に就いていたのだが、彼は休み過ぎである。しかも休む理由が「要救助者の中にいたネット友達と遊ぶため」。言葉が出ない。
「牧野さんや、猿児が休みまくる件は分かりますけど、こういう状況だからこそ有事に備えるために休憩を取るべきとは思いますよ。」
苛立ちがどうにも隠せていなかったようで、休憩中の晴明博士が宥めるように語りかけてきた。彼はこの任務とは関係ないが、猿児と仲が良いからかある程度は事情を知っている。その言葉が神経を逆撫でする。
「何を言ってるんだか……。」
色々と愚痴りたい気持ちを抑え、彼に放っておいてくれるよう伝えた。
【その頃一方】
ペラリ、ペラリ、と1枚1枚、ページをめくる。
「KBチャッカー……、19話の放火魔だっけか。やっぱ本職の人からすると思うとこあったりするんかな……?」
怪乱書紀 ――特撮怪人のデザイン画集―― を開きつつ、食卓とデスクを兼ねてるであろう机を挟んで向かいの彼が尋ねる。
「んー、そうでもないかなぁ。私はほら、オフの時には、とことんオフの思考にするので。」
「お、良いなそれ……!」
そう言って彼はガバッ!と身を乗り出した。私、猿児秀楠は現在ヤードライ、否、新たな友人である荒島の自宅のワンルームにお邪魔中。
「いやしかし、まさか火災の現場で出くわすとはね。」
「こっちだってビックリだよ。まさかネッ友が消防士なんて思わんじゃんよ。」
例の先日額から出血していたあの男。謎に感じた既視感の正体は彼のリュックに付いてたスイング最終回オーロラ必殺verだったという訳だ。
現在私は彼の自宅に招かれ、共に怪人のクリーチャーデザイン原画を纏めた画集を眺め話に花を咲かせているという流れ。
「デザインの自由度で言うとあれだ、サソリキャラのデザインって既にコイツで完成されちゃった感はあるじゃんよ。」
「はいはい!尻尾が逆立った弁髪みたいに生えてるパターンのやつですねぇ。」
「そうそうそう!それで鋏を頬に持っていくやつね。この型をどう外すかって観点で言うと……」
「Blenculusブレンクルス-04-SCORPIONスコーピオン。ですね?」
「イエス。」
そう、やはり首から上が丸ごと全部尻尾になったデザインのコイツは中々斬新だと言える。
……荒島との話は、尽くマニアックであるが尽く噛み合う。
「彼とはもっと趣味人同士、交友を深めたいもんだ」、と、……仕事なんぞは忘れておきたく感じる私がそこにはいた。
【20██/04/19~22 サイ来】
猿児と直接話す機会ができたのは数日後の早朝だった。業務に必要な機器を取りに行く道中、廊下の曲がり角でバッタリ出会ったのだ。
「……あ。」
猿児も何かを察したのか、気まずそうにしている。
「お久しぶりです。エージェント・猿児。」
「あー……どうも。」
「長い休暇を取られていた様ですね。」
「ははは……取ってましたね。」
「我々はその間ずっとサイ人間の件で業務続きでした。」
「……お疲れ様です。」
「何か言うことは?」
「あー……、長期に渡って顔を出してないことは申し訳ないと思ってます。一応上にもちゃんと連絡済みです。まあ……今はちょっと"これ"の映像を。」
そう言って彼は自分の鼻先に指を1本立て、サイのジェスチャーをする。どうやら彼の行動を分析する予定の様だ。
「分かりました。分析が終わり次第、こちらの業務をやっていただきます。」
「了解しました~~。では私はこれにて。」
言うや否やこれ以上何か言われることを恐れんばかりに駆け足で去っていく。多少の罪悪感はあるだろう、これで彼も真面目に取り組んでくれる……。
そんなことを思っていたら、翌日からまた猿児はまた顔を出さなくなっていた。ふざけんな。
・
・
・
更にその3日後の事だった。
「─現時点では、服飾店が存在したアーケード街全体のモニタリングに3名割き、周辺で10名が捜索、残りはそれぞれ─」
今日も今日とて早朝から皆で対策会議。大した成果を上げることも無く、アーケード街周辺を見張ることにしている。サイ人間が服飾店に現れたならば、その周辺の捜索が妥当だ。私は皆に目を配らせながら、今日の作戦を説明している……が、猿児は本日もいなかった。説明を言い終わり、解散を言い渡そうとしていると、突然私の携帯電話が鳴り出した。もしかして猿児がやる気を出したのだろうか、そう思って相手を見たが全くの別人だった。
「こちらエージェント・牧野。」
「エージェント・フォトです。そちらが担当していたサイ型アノマリーに関する情報が先程偶然入ったので、連絡した次第です。」
「─!?それはいつ頃!?」
「まだ10分も経ってませんね。今目撃者の方に留まってもらってるところです。」
目撃者曰く、地下鉄構内のある場所で目撃された直後に構内の階段下へと移動し、そこでそのまま見失ったという。
こうなれば作戦変更。メンバーの何割かと共に現場へ急行することになる。
「いい加減来てもらわないと……」
自然と言葉を口にしながら、携帯で猿児に電話をかける。幸い、出るまでに時間はかからなかった。
「はい、猿児ですー。」
「牧野だけど、件のサイ型アノマリーに関する有力な情報が出たから任務に参加して欲しくて。」
これでやっと動いてくれる……そう思ったが、現実は非情だった。
「すみません、待ち合わせしているので急にそちらには行くことができなくて。あ、来たので切りますね。」
「ちょっと─」
プーッ プーッ プーッ プーッ……
……3回くらい殴っても許されるよね?
【作戦遂行】
地下鉄の駅から階段を抜けて地上の街へ。地上出口を潜って直ぐの左手にはデパートのビル。
「さて、と。」
やはり結構人が多いな。私の待ち合わせ場所はというと、車の行き来する右手側の広い幹線道路を跨いだ向こう、家電量販店手前に開けた少々広めのスペースだ。
信号が変わって自動車の往来が止まり、各々の目的を持った男女、陰、陽、様々な顔ぶれが一斉に横断を開始する。
.
.
.
「おー、荒島!」
「おぉ!待ってましたぁ!」
少し足早に駆け寄ると、身長差から若干私を見上げる形になりながらテンションを上げる荒島がいた。人混みで見つけやすいようにと本人が言っていた通り、目立つ明るい緑のジャケットを着ている。
「それで……俺の方が先で良いのか?」
「OK、OK。私の目的の画集の方は、在庫に余裕があるからね。何なら通販もあるし。」
「おー!有り難い。今9時54分か、急がないと。」
「なくなる前に行くぞ!」
駅前の家電量販店の6階玩具売り場へダッシュ。限定配布品狙いの荒島が私よりも一歩前を行き、風を切るような前傾姿勢で突っ走る。腕を前にも出してないので、すっ転んだらかなり危ない体勢だ。
ウィーン、ズタダダダダダダッ!
店舗の自動ドアの前、ぶつかりかけながら危うく減速、そのままエスカレーターを駆け上がる。荒島、周り見えなくなるタイプですね……。
諸々の後、荒島の目的だった「ブロンズチェンジチップ」を手に入れる。関連商品6000円以上で限定配布、無くなり次第終了の品というやつだ。
「ふぅ~。限定配布とはいえ怪人側のアイテムも出してくれるのは良い時代になったな。」
「やはり、怪人あってこそのヒーローですからね。影の立役者は彼らですよ。」
行きの突撃とは打って変わって穏やかに、エスカレーターの下りに乗りつつ会話に戻る。
「猿舞さんのはえーと、書店近くにあったっけ?」
・
・
・
目的の書店は量販店とは、駅を挟んで反対側に。
「……よし、双方これで目的達成ですね。」
「OK、ここからどうする?とりあえず朝飯兼、早めの昼食?」
「昼食承知。この辺何がありましたかね……。」
手持ちのスマホで検索をかけると、少々つま先立ち気味になりながら荒島が横から覗き込む。
「バーガー位しか知らないんだよな……あとカレー屋があった気がするけど……」
……ここは私に決めさせて貰う。
「いや、和食で!」
「和食!?」
事前にも当たりを付けてた通り、少し値の張る料亭風な店構えの居酒屋が、メインの通りを離れた奥で昼営業中だ。
「徒歩で850m。行くぞ!」
……荒島は、思いの外タフらしい。歩幅の差もあり、エージェント職と一般人だが結構スタスタ歩けるようで。
「大丈夫!?そこの店高かったりしない!?」
「高いかもですね。その場合私が奢ります!」
「は!?」
そんな会話を交わしつつ、建物の間曲線の多い細道を縫い、目的の店の木製引き戸に手をかけ暖簾を潜る。
「いらっしゃいませ〜。」
「2名奥の座敷で。」
「マジか高そう。」
「メニューに依りますが千円台なんで大丈夫ですよ。」
店員により案内されて左右に机の並ぶ通路を通り、奥スペースの厚めの扉が開かれ畳の個室が現れる。
「ごゆっくりどうぞ。」
「凄ぇな、こんなとこ来たことないぞ……。」
慣れない荒島はキョロキョロしつつ、机を挟み私と対面になる座布団の上に腰を下ろした。
「ふぅ〜ぃ。」
「メニューどうします?」
・
【ここに春さん視点のシーンを挟む】
・
・猿児は「幼少期、ヒーローと同じ規格でアクションフィギュアが発売されないのがとても不満だった」という話をし、Sはそれに対し「自分も怪人キャラへの思い入れが強かった。造形的な部分にも惹かれたし、もしかしたら、自分はどう考えてもヒーローの器じゃないから怪人に自己投影してたのかも。」と応じる。
・その後の続いた会話の流れで猿児が「一回実際のスーツとか着てみたいけど、撮影に使われる本物はメチャクチャ重いって言うし、それに機会も無いわなぁ。(←補足: 人事ファイルの設定で、猿児はコスプレとしての怪人スーツを着た経験自体はある)」と話を振る。
・続けて荒島のタフさに触れ、ガワコスの経験有無を聞く
・荒島は意味ありげに「【後で内緒で良いもの見せてやる】」、と言い、Scalpelの名刺を出して、一駅先の、自分が使っている貸倉庫に来るように告げる
・ドリンクをズズーー、とストロー咥えて一気に飲んでいた猿児は、Sのその発言に対して「悪い、お手洗い何処だっけ?」という発言で返す。そこにあった、と教えてくれたSを席に残し、猿児はお手洗いへと向かう。
・電話。
猿児「……恐らく私は今、貴女がお探しのブツと一緒にいます。」
・Fは「は?どう言う事だ説明を……」、と言うが、猿児は「じゃ、彼を待たせてるのでまた。」と言って電話を切ってしまう。
猿児から謎の連絡を受け、私は目撃のあった駅周辺で張り込みをしている。「お探しのブツと一緒」と言うが、休暇中にサイ人間を偶然見かけたのか?それとも、この休暇を利用して何かしていた?思考を巡らせていると、自分に向かって誰かが呼び掛けている。声の方向を向くと、見知ってはいるが、見かけない顔が現れた。
「やはりいましたか。猿児から連絡受けてきました。」
「晴明博士!?何故こちらに?貴方にはこの業務は無関係のはずですが……。」
晴明博士はこの任務とは一切関係がなく、彼の専門分野にもかすってすらいない。
「いやあ、ちょっとこの件には私も心当たりがありまして。上層部に事情を説明して飛び込み参加しました。猿児からの依頼もありましたし。」
「心当たり?もしかして過去に接触を─」
早口になりかける私をまあまあと制止ながら、彼は説明を始めた。
「まずは前提となる話を。特撮……いわゆるヒーローものに登場する敵役、例えば怪人とかには良く見るような人間離れした姿とは違う、普通の人間の様な見た目に変身できる者もいます。これは単純にヒーローに正体を知られないようにするためとか、社会に溶け込んで情報を集めるためとか理由な色々あるんですけど、要するに普段は目立たないように一般人に化けてるってことです。─あのサイ怪人も同じなんじゃないかなと。普段は普通の人間の姿だけど、必要な時はサイの姿になってある。ちゃんとした根拠は無いんですけど、猿児はそう考えたんですよ。」
「何を馬鹿げた事を……。」
根拠の一切無い推測に思わず唖然とする。手がかりがほとんど無い中、「特撮の怪人だったらこうだろう」というフィクションに基づいた信憑性の無い推測で行動、そしてそこから何故か休暇を取る猿児。もう少し論理的に考えられないのか。
そんな私の心情を見透かす様に、彼は応えた。
「だからこそですよ。証拠も無いただの思いつき。なので多分報告しても牧野さんはすぐには動いてはくれないじゃないかと思ったんですよ、彼は。だから有給叩いて自分の直感を信じて動いてたんじゃないかと。具体的に何をしてかは聞いてませんけどね。それでも今回我々を呼んだということは─」
きっと何かを掴んだんでしょうね、と言って晴明博士は考え込み始めた。
思えば、今までを振り替えるとこの仮説はうまく組み合わさる。
「サイ怪人」から「普通の人間」になった際に臭いや奇跡論周波等ある程度の性質は変化するだろうと思われる。言うなればスーツを脱いでいるようなものだ。となれば、警察犬や超常技術が使えなかったのも納得がいく。地下鉄で消えたのも姿を変えたことが原因だろう。とすると発端たる服飾店の1件でもHERO実体の確保後に人間の姿になったのだろう。
─人間の姿になった後、「サイ怪人」はどこにいたんだ?
その時。
ビー!ビー!ビー!ビー!
何らかの装置がブザー音を鳴らしている。感覚的に自分のものではない。振り向くと晴明博士の手には振動するデバイスが握られていた。画面には何らかの数字が書かれている。
「猿児が見つけたようです。今場所を割り出します。」
良くわからないが、猿児から座標が送られてきたようだった。
【・少し遡って、Sが離れの小屋に猿児を誘い、そこにある様々なスーツを見せる。猿児はその光景に感動を覚えるも、直ぐ様我に返る。
・幾つかのスーツを説明した後、Sは猿児に所属団体「Scalpel」を大まかに紹介し、仲間にならないかと誘い込む。
・猿児は信号を送るボタンをこっそり押しながら、「申し訳ないがその誘いは断る」と話し、自分の本当の目的を暗喩する形で言う。(「自分は怪人達が使うような力を封じ込める任務がある」etc.)】
(ここでScalpelについての説明を入れる)
・猿児に裏切られていたと知った(気付いてしまった)Sは、動揺しながら何度も猿児に「本当なのか」、「質の悪い冗談だろ?」、「おい、本当なのかよ!」と次第に怒気を帯びながら何度も問い正す
・猿児は、この時彼に返すための言葉が見つからず、土下座でもしようかと思った。が、その無意味さは彼自身も認識する所であり、結局棒立ちで俯いたままでいた
・Sは猿児に「テメェクズだ!完っ全なクズ野郎だよ!」と吐き捨て、猿児は「あぁ。……言えてるな。私はたった一人の大切な友人と大勢の大切な同僚達を天秤にかけて。」「一人しかいないお前を切り捨てた。クズ野郎だな。本当に。」と返す。
・Sの表皮がゲル化し、着衣の外側へと滲み出し、肥大化変形する全身の骨格に合わせて再硬化され……Sはサイ怪人へと変貌する。
・Sは猿児に突進を繰り出し、猿児はそれを避ける。その避けた猿児の顔のすぐ隣の壁にサイ怪人のパンチが炸裂し、凹んで人間の5倍はある太さの三本指の手形が付く。
・暫く、猿児とサイ怪人の描写が続く
・猿児はローズレッドに立ち向かったサイ怪人を思い返し、「コイツは人を傷つけようとする奴じゃなかった。」「……私は、それだけの事をやった訳だ。」と思考する。
私は今、派遣された機動部隊の車に乗り、晴明博士が示す場所に向かっている。勿論、当人も隣だ。
「……猿児の行動、どこまで知っていたんですか?」
私は晴明博士に問いかける。彼は少し言葉を濁してから話し始めました。
「どれくらいと言われましても、私も業務外のことを根掘り葉掘り聞いてるわけではないのでなんとも言えませんが……先程も言った通り、サイ怪人が普段は普通の人間として生活していることを猿児は見抜いていました。そこは本人からも聞いてますし、私も考えてました。故に親しくなることで油断させ、情報を引き出すなり捕まえるなりしよう、という風に考えたんだと思います。」
隣の博士は話を続ける。
「ここからは私の想像ですが、彼は早い段階でサイ怪人らしい人を見つけてたんだと思いますよ。それで、その人がサイ怪人本人かを確かめるために有給使ってでも仲良くなって……という作戦で行っていたんじゃないかと。いつから検討ついていたのかは分かりませんが……牧野さんなら心当たりあるんじゃないですか?」
「─!」
ここで猿児の怠惰な行動の説明がついた。
猿児が有給を使っていたのは「要救助者の中にいたネット友達と遊ぶため」。つまり、そのネット友達こそが─
「だとしても、何故その事を猿児も貴方も黙っていたのですか?その事を伝えてくれれば調査もスムーズに─」
晴明博士は首を横に振った。
「この作戦、やり方を間違えれば手に入れられるはずの情報も逃す危険性がありましたし、何より最悪の場合逃げられて情報漏洩に繋がるかもしれなかったので……。あと牧野さんの許可降りにくそうだったので。猿児が掴んでること知ってたら、初っぱなから団体で仕掛けようとしたでしょう?」
「だとしても、誰にも言わないというのは……。」
「捜索チーム結成前に上に申し出てたようでして。別行動を認めてくれとかなんとか。猿児には個人的に思うところがあったのかもしれませんね。有給を使ってまでして賭けに出たんですから。……おっと、目的地が近いようですね。」
……なんだか猿児の手の平で踊らされている様な気がしてたまらないが、一旦飲み込もう。
周囲を見渡すと、建物も人気もほとんど無い場所を走っていた。眼を凝らすと遠くに小屋があった……のだが、見つけた直後に大きい打撃音が複数聞こえたのだった。
・猿児は銃を取り出すが、サイ怪人の突進を避けた際に取り落としてしまう。直後猿児は振り返ったサイ怪人の腕が体に当たり(突進された訳ではない)、向かいの壁まで吹っ飛ばされる。
・銃は、サイ怪人の足元に落ちた。彼は、「やっぱそうだ。気付いたよ。なんで俺が怪人になりたかったか。【お前みたいな裏切り者がいるから俺達弱者は泣き寝入りしなきゃならねぇんだ!分かるか!?だからよ、やられても大人しく黙ってなくて良いように、俺達自身が自分を護る守護者にならなきゃならねぇんだよ】……!」と言う。
猿児「……誰かに裏切られる度に、そいつを殺すか?」
サイ怪人「あぁそうだよ。怪人ならそうする筈だ。」
・猿児は、「最悪だな……。」と呟く。これには、状況の他に、自身の行動が最悪だ、という意味も含まれ、更にその最悪な行動というのは銃を落とすヘマと、友を裏切った行為の両方を指す。「その最悪もこれで終わりか……。」
・「あぁ。終わりだよ。」サイ怪人は、その銃を足で踏み潰す。そして、突進。
・猿児は寸前でかわし、サイ怪人は正面から壁に突っ込み、その後上から崩れ落ちた大量の瓦礫によって動けなくなる。
・エージェント達と機動部隊が到着
猿児「……結局、最悪を終われなかったじゃねぇか」
猿児「あの時人間に戻って銃を使えば勝ててたぞ。」
猿児「でも分かるぜ。サイ怪人ならあぁするよな。」
猿児「……役に飲まれちゃお終いなんだよ。」
……。
…………。
…………そうさせたのは、私だ。
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サイ怪人の収容から数日経ち、私は晴明博士と共に休憩室で特撮を見終えた所だった。
……と言っても、事件の記憶が根強く残る今、純粋にのめり込める様なものではなかった。
ふと晴明博士が話しかける。
「もう少し時間が経ったら、サイト-8171に移動してサイ怪人へのカウンセリング行うんですよね。」
「アイツ、調子は大丈夫そうですか?」
「収容してから間もないってのもあって、まだだいぶ荒れてます。ちょくちょく猿児さんへの恨み言言ってて、そろそろ気が滅入りそうです。」
「あー……。そちらにも彼にもすまないことしましたねぇ……。」
「お互い仕事だから仕方がないですよ。私にも乗った責任ありますし……。アイツは考えが合わなかったのが不幸だった。ここで働いてなかったら、猿児さんと彼、良い友達になれたでしょうに。」
「そうでしたねぇ……。」
"荒島"のことを思い浮かべていると、エージェント・牧野が休憩室に入ってきた。
「エージェント・牧野、話があるので同行お願いします。」
「ああ、分かりました。」
私は今回新たに確認された要注意団体──GoI-8175 ("Scalpel")の調査の重役に就くことになったのだが、きっとその件についてなのだろう。
私は晴明博士に告げた。
「──晴明さん、彼の事をよろしくお願いします。ではまた。」
「……了解です。」
部屋を後にする私の耳の中では、特撮のエンディングの曲がこびりついて離れなかった。