
午前の部
検診記録1

対象: 集姫鈴音(集姫IEと表記)
身体形質: 後天的身体変化によりスズメバチの特徴が混入した人間女性。左右側頭部の複眼、額の3つの単眼、頭部と背部それぞれ右側にのみ有する触角と翅。
集姫IE: はい、失礼します。集姫鈴音です。
夜無医療スタッフ: お名前、間違いないね。
集姫IE: 大丈夫です。お願いします!
[集姫IEが背筋を伸ばし、触覚と翅を震わせる]
[夜無医療スタッフが視力検査表の前の丸椅子を指し示す]
夜無医療スタッフ: まずは視力検査から。いつも通りだけどグルグル巻きにさせてもらうよ。
[夜無医療スタッフが用具箱から1.5mほどの黒帯を取り出し、集姫IEの頭部に巻き付けて複眼と単眼を覆い隠す。触覚のみが露出している]
夜無医療スタッフ: 右目から行こうか。これは?
集姫IE: 右です。
夜無医療スタッフ: じゃあ、これは?
集姫IE: 下です。
[以降、数分間に渡り、標準的な視力検査が行われる]
夜無医療スタッフ: 左右共に1.2……良好だねぇ。
集姫IE: へへ……
夜無医療スタッフ: じゃあ、次は複眼だ。
[黒帯が再び巻き直される。触覚と右複眼が露出する]
集姫IE: [2つの遮目子を使いながら] お願いします!
夜無医療スタッフ: これは?
集姫IE: 左です。
夜無医療スタッフ: [集姫IEの正面から右側へと移動しながら] これは?
集姫IE: 右斜め上です。
夜無医療スタッフ: [右斜め後方へ移動する] これは?
集姫IE: えーと、下……いや、左斜め下!
夜無医療スタッフ: [メモを取る] 去年より視野角が広がってるねぇ。
[以降、左複眼に対しても同様の検査が行われる。続けて3つの単眼に対しても簡易的に明度や指の動きへの反応を確認する検査がなされる。]
夜無医療スタッフ: とりあえず、視力に異常は無かったねぇ。
集姫IE: 本当ですか!
夜無医療スタッフ: 複眼の方も異常は無かったし、特に言えることはないんじゃないかなぁ。
集姫IE: よかったぁ……
夜無医療スタッフ: 何度も言ってるけど、これからも健康には気を遣うこと。それと異変があったらすぐに伝えること。オーケー?
集姫IE: はい!
余談: 異常体質を持つ職員らには、それぞれ特殊な検診や専用の検査項目が設けられている。今回の場合は複眼と単眼に対する検査だ。こういった検診は通常の検診と異なり、一筋縄ではいかない。一定以上のスキルが必要となるのだ。だからこそ、その役目に選ばれることは超常社会の技術者としては誇らしいものだと思うのだ。
検査記録2

対象: 集姫鈴呼(集姫SEと表記)
身体形質: 後天的身体変化によりカメレオンの特徴が混入した人間女性。額を広く覆う冠突起(カスク)、全身に点在するカメレオン様の皮膚。
夜無医療スタッフ: 次、集姫鈴呼さん。
集姫SE: はーい!
[集姫SEが検査室に入室する]
夜無医療スタッフ: お名前、間違いないね?
集姫SE: 大丈夫です!
夜無医療スタッフ: 検査項目は……皮膚の目視チェックと触診だね。そこの椅子に腰掛けて、袖を捲ってくれるかい?
集姫SE: わかりました!
[集姫SEが服を捲る。カメレオン様の皮膚が露出する]
[夜無医療スタッフによる皮膚の検査が行われる]
夜無医療スタッフ: 特に痛いとか、変な感じがするところはないね?
集姫SE: ないですね〜。
夜無医療スタッフ: うん、肌荒れとかもなさそうだ。一応お腹の横だけ確認するからシャツ持ち上げて。
[集姫SEがシャツを持ち上げる。カメレオン様の皮膚に覆われた横腹が露出する]
夜無医療スタッフ: ……うん、大丈夫そうだね。ひとまず、これで検診はおしまいだね。異変があったらすぐに医療部門まで来るように。
集姫SE: ありがとうございます!
余談: 検診は数分足らずで終わった。検査項目もシンプルなものであり、特段の設備や機材を必要としないものだ。視覚器官の増えている姉と比べ、彼女の持つ異常体質はカメレオンのような皮膚だけ。そのため、検査も簡易的なもののみとなっている。異常体質を持つ存在は本当に様々なものである。双子であってさえ、このようなこともあるのだ。
検診記録3
対象: 咬冴舞波(咬冴隊員と表記)
身体形質: 女性。ヒトとサメが混然とした形質を持つサミオマリエ人と呼ばれる種族であり、身体は全身に渡ってヒトとの構造的、機能的差異を有する。詳細は####blue|サミオマリエ関連資料群を参照のこと。
[夜無医療スタッフがカルテを確認する]
夜無医療スタッフ: 今回は手順が多いねぇ。まずは採血から行こうか。
咬冴隊員: 採血って注射か!? またあれやるんか!?
[夜無医療スタッフはサミオマリエ人のサメ肌に対応するため、一般の2倍程の太さの採血針を準備する]
夜無医療スタッフ: そうだね。健康でいたくないならやらなくてもいいけど……どうする?
咬冴隊員: くっ……卑怯や! ウチの健康を人質にすな!
夜無医療スタッフ: いいんだよ? 僕は困らないからね。で、やるのかい? やらないのかい?
咬冴隊員: や、やったるわ! 全然怖くあらへんし! ウチはこう見えたって機動部隊員なんやからな!
[咬冴隊員が着席し採血台に右腕を乗せ、消毒後、夜無医療スタッフが注射針を刺す。]
咬冴隊員: うぎゃーッ!
夜無医療スタッフ: ごめんねえ。もっと痛くないようにできればいいんだけど……。
[目視での血管の位置把握が困難な肌のため、夜無医療スタッフは刺した針を皮膚内で動かして感触を頼りに血管を探る]
咬冴隊員: いぎぎぎぎぎぎぎぎ……
[夜無医療スタッフが血管を探り当てる。血液がチューブを通り、シリンジの中に溜まっていく]
[注射針を引き抜き、止血する]
夜無医療スタッフ: はい採血終了。次は心電図ね。
咬冴隊員: [右腕を押さえながら] あぁ……次は冷たいやつやんかぁ……。
[以降、夜無医療スタッフによって心電図検査を初めとした各種検査が行われる]
咬冴隊員: はぁ……色々と酷い目にあったわ……。
夜無医療スタッフ: 次は……身長測定か。
[夜無医療スタッフに促され、咬冴隊員が身長体重計の上に乗る。カーソルは今年度から導入された、頭頂部のヒレを避けるスリットが用意されたものに換装されている]
咬冴隊員: ……どうや?
夜無医療スタッフ: 147.2センチ。結構伸びたねぇ。
咬冴隊員: ほんま!? 7センチも伸びたんか!?
夜無医療スタッフ: これで検診終了。もう降りていいよ。
咬冴隊員: 7センチ♪ 7センチ♪
[咬冴隊員は見るからに上機嫌な様子で検診室を後にする]
余談: サミオマリエ人ともなれば、全ての検査項目が専用のものになる。だがしかし、それは全ての非ヒト種族がそうであることを示すことにはならない。中には既存の検査項目や設備でどうにかなるものも存在している。長い歴史の中、独自に種族として発展してきた者ではなく、既知の生物にヒトの意思を宿した者がそれに当たる。
検診記録4

対象: カナヘビ(エージェント・カナヘビと表記)
身体形質: 男性。身体的は一般のカナヘビと同様だが、長命かつ不明な機序で口腔から音声による発話が可能である。身体構造に関する情報こ詳細は一般的な動物種としてのニホンカナヘビ(Takydromus tachydromoides)に関連する情報を参照。
エージェント・カナヘビ: 検診はもう千原クンとこで済ませとるんやけどな。
夜無医療スタッフ: すまないが、制度上必要なのでね。二度手間なのは同意するよ。
エージェント・カナヘビ: [溜息] まー、しゃあないか。こっちはストレスとかだけの問診よな?
夜無医療スタッフ: 職場環境……これは物理的な面を含めてだが、それによるストレスがないかの確認だしね。
エージェント・カナヘビ: 物理の方はもう慣れっこやしなぁ。
夜無医療スタッフ: そう言うと思ったよ。
エージェント・カナヘビ: それに、ボクにストレスがあると思うんか? なんたってボクはイザナギノミコトの生まれ変わりなんやからなあ。あのクソトカゲの断片を殴り合いで負かしてやったことすらあるタフガイなんやで。あれ、ほなスサノオノミコトの生まれ変わりの方がそれっぽいか? うーん……
夜無医療スタッフ: [呆れ顔で] はいはい。いつも通り問題はなさそうだね。
余談: 彼の冗談はいつも通りだ。大して面白くもないが、元気でないよりかはいいだろう。
映像記録1
[爆発音。爆煙と共に扉が開け放たれる]
エージェント・カナヘビ: な、ななな、なんや一体!?
[エージェント・カナヘビが軽度のパニック状態に陥る]
[夜無医療スタッフは冷静な様子でカルテを見ている]
夜無医療スタッフ: [欠伸]
[爆煙の量が減少する。後の調査の結果、正確には爆煙ではなく特殊な加工を施された黒色の紙吹雪であることが明らかになっている]
夜無医療スタッフ: [溜息] ……滝川一郎さん、どうぞ。
[ウサギのような身体的特徴を有する男が検査室に入室する。その様子から男が軽度の興奮状態にあることが見て取れる]
検診記録5

対象: 滝川一郎(エージェント・イチと表記)
身体形質: 後天的身体変化により、ウサギに近い頭部形状及び同種の尾を有する人間男性。全身は体毛に覆われ、また体格は14〜15歳程のものへと変化している。
エージェント・イチ: あれ、もしかして驚いてないですか?
夜無医療スタッフ: 健診名簿の次の欄が君だったから何かしら来るだろうとね。それにこの爆煙パターンは前にも別の施設で君が使っているのを見たことがある。前よりはクオリティを上げたみたいだね。
エージェント・イチ: えー、そんなぁ。
エージェント・カナヘビ: この阿呆! 医療器具に何かあったらどうするんや!
[エージェント・イチ、ここで初めて足元のエージェント・カナヘビの存在に気付く]
エージェント・イチ: あれ?カナヘビさんだ。……え、もしなして本当の爆煙だと思ったんですか?これただの紙吹雪ですよぉ!
[エージェント・イチが口元を押さえて笑う]
エージェント・カナヘビ: 含み笑いしとる場合か!これ誰がどうやって片付けんねん! ……本当に腰抜かしてもうたわ……
夜無医療スタッフ: とりあえず君の健診は問診メインだから、先に済ませてしまおうか。午前の部はそれで終わりだし。こっちではふざけないでくれよ。
エージェント・イチ: それは勿論! 自分の健康に関わる事ですし!
[エージェントカナヘビが無言で頭を抱える]
[以下エージェント・イチへの問診が続き、彼はここに於いては真面目にやり取りを行う。]
余談: 彼の冗談には本当にうんざりしているよ。
エージェント・カナヘビ: ……で、午前の部は終わって夜無くんは寝てしまった訳やけど……。
[数秒の沈黙]
エージェント・カナヘビ: え、これボクが片付けなアカン流れなんか!? このボクがお掃除を!?
午後の部
検診記録6
対象: 空槵愛知(愛知上席研究員と表記)
身体形質: 女性。日本生類総研由来のアマガエル(Hyla)と作戦時に死亡した女性機動部隊員████氏の遺体が融合した事で誕生し、アマガエルとヒトの身体形質が混然となった特徴を持つ。骨格構造は概ねヒトのものに準じているため、胸部に存在する鳴嚢は声量の拡大というアマガエル本来の機能を有さない。
愛知上席研究員: し、失礼しま~す……
エージェント・カナヘビ: [荒い呼吸]
愛知上席研究員: えっと……カナヘビ、さん? 一体何を……
エージェント・カナヘビ: [愛知上席研究員の方を見る] お、ちょうどええ。夜無さん起こしたってや。
[夜無医療スタッフが椅子にもたれかかった状態で睡眠している]
夜無医療スタッフ: [小声で] うーん……天ぷらもいいねぇ……
愛知上席研究員: え、あ、わた、わたしがですか!?
エージェント・カナヘビ: せや。そんだけ立派な鳴嚢あるならデカい声出せるやろ。
愛知上席研究員: ぇえっと、そのぉ……
エージェント・カナヘビ: なんや、できないんか?
愛知上席研究員: [たじろぐ] えぁ、は、はい……
エージェント・カナヘビ: そんなデカい鳴嚢あるのに?
愛知上席研究員: えっと、これ、鳴き声出すためのものじゃないんですぅ……。だからその、大声は出せないといぅ…… [不明瞭な発言]
エージェント・カナヘビ: [ため息] そか、ならしゃーないな。
[エージェント・カナヘビが前足を使って夜無医療スタッフの近くに存在する銅鑼を指し示す]
エージェント・カナヘビ: これ、鳴らしたってや。
愛知上席研究員: [3秒間沈黙] んぁ、えぇ……?
エージェント・カナヘビ: 夜無さんな、緊張切れると眠ってまうんや。それで常備されとるけどボクは鳴らせへんぞ。
[愛知上席研究員が逡巡する素振りを見せる]
愛知上席研究員: ぁ、わ、わかりました。
[愛知上席研究員が桴を持って銅鑼の傍に立つ]
エージェント・カナヘビ: ほな、一発頼むで。
愛知上席研究員: ……ぇぃ!
[愛知上席研究員が銅鑼に向かって桴を振り下ろす。直後、大音量の金属音が発生する]
夜無医療スタッフ: う~ん……
愛知上席研究員: [短い悲鳴]
[夜無医療スタッフが睡眠から覚醒し、愛知上席研究員の方を向く]
夜無医療スタッフ: おや、君は……
[放心状態にある愛知上席研究員をよそに、カルテを確認する]
エージェント・カナヘビ: 健康診断の対象者や。はよう見てくれ。
夜無医療スタッフ: おお、そうか。ふむふむ……
愛知上席研究員: [ハッとした表情で] あ、えと……
夜無医療スタッフ: うーん、腹回りが育ちすぎているねぇ……。節制しなさい。
愛知上席研究員: [小声で] あ、はい……
[以降30分に渡り、愛知上席研究員への健康診断が行われた。当該健診には一般的な医療用及び獣医療用の器具も多く併用された]
余談: 滝川くんもそうだったが、動物的な身体特徴を有する者の検査は医師と獣医師の共同、または一部それらの業務用の既存器具で行われることもある。これはあくまで「健診が一般的な医療器具と獣医師用の器具の併用で可能である」と示されていたからだ。このような見極めは健診担当者によって見定められている。
検診記録7

対象: 酒吞薫(酒呑研究員と表記)
身体形質: 身体がハブ(Protobothrops flavoviridis)のものへと変化した女性。本体であるハブの周囲に酒類に分類される液体を纏って任意に操作でき、不明な機序で酒類から栄養補給を行う。活動時には液体であるその酒類で人型を形成することで "体内にハブが格納された液状人間" のような形態をとる。
夜無医療スタッフ: とにかく、節制が大事ね。腹八合に医者いらずって言うでしょ。
愛知上席研究員: はい、はい……
夜無医療スタッフ: とりあえず今日はこんなところだから。また何かあったら来なさい。
愛知上席研究員: はい……
[愛知上席研究員が椅子から立ち上がる]
エージェント・カナヘビ: ほな、次の人どうぞ~。
[愛知上席研究員が退室する]
[部屋の外から愛知上席研究員の悲鳴が聞こえてくる]
[部屋の扉が開き、酒呑研究員が入室する。]
酒呑研究員: カナヘビさんこんにちはやね。
エージェント・カナヘビ: あー、さっきの悲鳴は?
酒呑研究員: ああ、なんかうちを見て食われるって思ったらしいわ。うちはカエルより酒の方が好きやのになぁ……
夜無医療スタッフ: 酒呑くん、愛知くんの肌は全体が粘膜だから、蛇どうこう以前にお酒の身体で触れない方が良いのは事実だよ。
酒呑研究員: あ……。そういう事だったんか、あかんかった……気をつけな。
夜無医療スタッフ: [カルテを見ながら] さて君の場合は……問診だね。どこか調子が悪いとか、そういったことはあるかい?
酒呑研究員: ぜーんぜんないですわ。元気すぎるくらいや。今日もたらふく酒飲んでるしなぁ。
夜無医療スタッフ: 一日にどれくらいお飲みに?
酒呑研究員: あー……3Lくらい?
夜無医療スタッフ: リッターで行くのか。いいねぇ……
酒呑研究員: うちは酒飲んでも悪影響無いからなぁ、好きなだけ楽しめるんよ。むしろ、飲まない方がやばいまであるし……
[以降15分に渡り、問診が行われる]
夜無医療スタッフ: とりあえず、質問はこの程度で。
酒呑研究員: あら、もう終わり? もう少し話してもええんやで?
夜無医療スタッフ: そうはいっても、もう聞くことないしねぇ。
酒呑研究員: からかっただけや。気にせんで。
[エージェント・カナヘビが酒呑研究員の傍に移動する]
エージェント・カナヘビ: [小声で] なあ、今度一緒に「零響」飲まん?
酒呑研究員: いいよぉ? でも、そんな酒どうやって手に入れたんや。
エージェント・カナヘビ: ここだけの話なんやけど……あるんよ。「秘密のルート」が。
酒呑研究員: 是非教えてほしいね。
エージェント・カナヘビ: はは、言えるわけないやろ。言ったら「秘密」やないし。
酒呑研究員: そういや、あんたも酒飲めるんやねぇ。
エージェント・カナヘビ: この身体で……って驚いたやろ? 実はな、ヤマタノオロチの末裔やねん。
[夜無医療スタッフが遠巻きに二人の会話を見ている]
夜無医療スタッフ: 何話してるんだ?
余談: