健康診断

先程からまた、悲鳴が響き続けている。この僕、砌祈のいる財団倫理委員会オフィスに隣接した、このサイトの職員用ジムの方向だ。

あれは愛知上席研究員の声だ。霧甲水博士前原博士…… 190cm超えの筋骨隆々ムキムキ男と、財団81支部最強の女と恐れられる力こそパワーな二人組からハード極まるトレーニングを課されているらしい。これは僕が動かなければならない事態だ。ハラスメント事案の検証と対策、それが僕の仕事だ。自分自身が基底この世界ではかなり特異と分類される身体を持つ当事者である事もあり、特に異常性保持職員へのハラスメントには強く目を光らせている。

だから早急に情報収集を行った。異常性保持、非保持双方の職員たちへと「愛知上席研究員への異様なトレーニングメニュー」の周辺情報を聞き回り、先々週の "異常性保持職員向け定期検診" が原因という情報を手に入れた。「お医者さんの先生からの助言なんだって。」とは集姫鈴呼SEの談だ。……彼女はとても流されやすい。双子の姉の鈴音IE共々被害に遭わぬよう、僕が特に注意を払っている職員たちだ。

僕は右手に掴んだ書類に目を落とす。

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E6%9B%B8%E9%A1%9E

この日程、どういう理由か愛知上席研究員が柄にもない泥酔でフラフラと、おぼつかない足取りで帰ってきた日と合致する。一体何があったんだ?……胃がキリキリと痛む。僕はゆっくりと健診通知の紙をデスク脇に避け、倫理委員会の権限で取り寄せた当日の映像記録の確認に入った。


午前の部


検診記録1

%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-%E9%88%B4%E9%9F%B3.jpg

対象: 集姫鈴音(集姫IEと表記)

身体形質: 後天的身体変化によりスズメバチ(Vespinae)の特徴が混入した人間女性。左右側頭部の複眼、額の3つの単眼、頭部と背部それぞれ右側にのみ有する触角と翅。


集姫IE: はい、失礼します。集姫鈴音です。

夜無医療スタッフ: お名前、間違いないね。

集姫IE: 大丈夫です。お願いします!

[集姫IEが背筋を伸ばし、触角と翅を震わせる。]

[夜無医療スタッフが視力検査表の前の丸椅子を指し示す。]

夜無医療スタッフ: まずは視力検査から。いつも通りだけどグルグル巻きにさせてもらうよ。

[夜無医療スタッフが用具箱から1.5mほどの黒帯を取り出し、集姫IEの頭部に巻き付けて複眼と単眼を覆い隠す。触角のみが露出している。]

夜無医療スタッフ: 右目から行こうか。これは?

集姫IE: 右です。

夜無医療スタッフ: じゃあ、これは?

集姫IE: 下です。

[以降、数分間に渡り、標準的な視力検査が行われる。]

夜無医療スタッフ: 左右共に1.2……良好だよ。

集姫IE: へへ……

夜無医療スタッフ: じゃあ、次は複眼だ。

[黒帯が再び巻き直される。触角と右複眼が露出する。]

集姫IE: [2つの遮目子を使いながら] お願いします!

夜無医療スタッフ: これは?

集姫IE: 左です。

夜無医療スタッフ: [集姫IEの正面から右側へと移動しながら] これは?

集姫IE: 右斜め上です。

夜無医療スタッフ: [右斜め後方へ移動する] これは?

集姫IE: えーと、下……いや、左斜め下!

夜無医療スタッフ: [メモを取る] 去年より視野角が広がってるねぇ。

[以降、左複眼に対しても同様の検査が行われる。続けて3つの単眼に対しても簡易的に明度や指の動きへの反応を確認する検査がなされる。]

夜無医療スタッフ: とりあえず、視力に異常は無かったよ。

集姫IE: 本当ですか!

夜無医療スタッフ: 複眼の方も異常は無かったし、特に言えることはないんじゃないかなぁ。次、触角ね。

[夜無医療スタッフ、14種類に色分けされた霧吹き機を用意する。]

夜無医療スタッフ: じゃ、触角にかけていくから。何か感じたら教えてね。(机上に並べた霧吹き機を順に手に取り、1つずつ集姫IEの触角に噴霧する)

集姫IE: 今のところは特に何も無いです。……何も。……うーん、何も。……ひゃっ!酸っぱい!

夜無医療スタッフ: B+だね、うん、良好値だ。

集姫IE: よかったぁ……。後はMRIでしたっけ。

夜無医療スタッフ: そうだ。複数の種の構造が混ざってる場合、免疫拒絶が無い代わりに腫瘍のリスクが増えたりするからね。

[夜無医療スタッフは集姫IEを伴ってMRI機器のある隣接した部屋に移動する。]

夜無医療スタッフ: 君の場合遺伝的には全身ヒト細胞で構成されてるから問題ないと思うけど、念の為。例年通りうつ伏せで大丈夫だから。

[集姫IEは翅を巻き込まないようにうつ伏せでMRI機器に横たわり、翅を身体に沿わせて畳む。MRI機器が起動し、一連の検査を完了する。]

夜無医療スタッフ: ……異常なしだね。何度も言ってるけど、これからも健康には気を遣うこと。それと異変があったらすぐに伝えること。オーケー?

集姫IE: はい!

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E8%A1%A8%E3%80%80%E9%88%B4%E9%9F%B3

異常性保持職員らには、それぞれ特殊な検診や専用の検査項目が設けられている訳だ。今回の場合特にそれが顕著に出ているのは複眼と単眼、そして触角に対する検査だった。警戒していた集姫IEへの1対1対応だったが、この時点ではまだ憂慮すべき対応は無かったようだ。だが油断はできない。僕は、注意深く次の映像へと進んだ。



検査記録2

%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-%E9%88%B4%E5%91%BC.jpg

対象: 集姫鈴呼(集姫SEと表記)

身体形質: 後天的身体変化によりカメレオン(Chamaeleonidae)の特徴が混入した人間女性。額を広く覆う冠突起(カスク)、全身に点在するカメレオン様の皮膚。


夜無医療スタッフ: 次、集姫鈴呼さん。

集姫SE: はーい!

[集姫SEが検査室に入室する。]

夜無医療スタッフ: お名前、間違いないね?

集姫SE: 大丈夫です!

夜無医療スタッフ: 検査項目は……まず皮膚の目視チェックと触診だね。そこの椅子に腰掛けて、袖を捲ってくれるかい?

集姫SE: わかりました!

[集姫SEが服を捲る。カメレオン様の皮膚が露出する。]

[夜無医療スタッフによる皮膚の検査が行われる。]

夜無医療スタッフ: 特に痛いとか、変な感じがするところはないかな?

集姫SE: ないですね〜。

夜無医療スタッフ: うん、肌荒れとかもなさそうだ。一応お腹の横も確認するからシャツ持ち上げて。

[集姫SEがシャツを持ち上げる。カメレオン様の皮膚に覆われた横腹が露出する。]

夜無医療スタッフ: ……うん、大丈夫そうだね。色彩変化についても記録とるから、どのくらいスムーズに切り替えられるか……

[言い終わらない内に集姫SEがカメレオン皮膚を高速で赤青に激しく点滅させる]

夜無医療スタッフ: ぐわーッ!!!!!

[夜無医療スタッフが両目を押さえて悶える]

集姫SE: え!?あ、ごめんなさい!大丈夫ですか!?

夜無医療スタッフ: [若干ふらつきながら] お、う……こちらの指示が悪かった……。後はMRIだ……。

[隣室に移動し、MRI検査が実施される。集姫SEは姉とは違い翅のようなパーツが無いため仰向けである。]

[検査が終了し、元の部屋へと戻る。]

夜無医療スタッフ: [両目をグリグリと押さえながら]ひとまず、これで検診はおしまいだね。異変があったらすぐに医療部門まで来るように。

集姫SE: ありがとうございます、すみませんでした!

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E8%A1%A8%E3%80%80%E9%88%B4%E5%91%BC

「集姫SE何やってるんだ……!」

思わず声を出してしまった。両目を押さえて首を振る。映像越しでもかなり目にクる点滅だった……。医療スタッフはあのフラッシュを至近距離で喰らった訳だ。元々の懸念とは裏腹に、異常性保持職員側からの光学的暴行(?)の現場を見る羽目になってしまった。早速別の意味で頭を抱えることになってしまった事に困惑しながら、僕は映像を次へ進める……。



検診記録3

%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-%E5%92%AC%E5%86%B4

対象: 咬冴舞波(咬冴隊員と表記)

身体形質: 女性。ヒト(Homo sapiens)とホオジロザメ(Carcharodon carcharias)が混然とした形質を持つサミオマリエ人と呼ばれる種族であり、身体は全身に渡ってヒトとの構造的、機能的差異を有する。詳細はサミオマリエ関連資料群を参照のこと。


[夜無医療スタッフがカルテを確認する。]

夜無医療スタッフ: 今回は手順が多いねぇ。まずは採血から行こうか。

咬冴隊員: 採血って注射か!? またあれやるんか!?

[夜無医療スタッフはサミオマリエ人のサメ肌に対応するため、一般の2倍程の太さの採血針を準備する。]

夜無医療スタッフ: そうだね。健康でいたくないならやらなくてもいいけど……どうする?

咬冴隊員: くっ……卑怯や! ウチの健康を人質にすな!

夜無医療スタッフ: いいんだよ? 僕は困らないからね。で、やるのかい? やらないのかい?

咬冴隊員: や、やったるわ! 全然怖くあらへんし! ウチはこう見えたって機動部隊員なんやからな!

[咬冴隊員が着席し採血台に右腕を乗せ、消毒後、夜無医療スタッフが注射針を刺す。]

咬冴隊員: うぎゃーッ!

夜無医療スタッフ: ごめんねえ。もっと痛くないようにできればいいんだけど……。

[目視での血管の位置把握が困難な肌のため、夜無医療スタッフは刺した針を皮膚内で動かして感触を頼りに血管を探る。]

咬冴隊員: いぎぎぎぎぎぎぎぎ……

[夜無医療スタッフが血管を探り当てる。血液がチューブを通り、シリンジの中に溜まっていく。]

[注射針を引き抜き、止血する。]

夜無医療スタッフ: はい採血終了。次は心電図ね。

咬冴隊員: [右腕を押さえながら] あぁ……次は冷たいやつやんかぁ……。

夜無医療スタッフ: こっち来てね〜。

[咬冴隊員は、左右に2つ並べて置かれた医療用ベッドの中央に寝かされる。腕を広げ、尾と背ビレを2つのベッドの隙間スペースから逃がす形となる。]

夜無医療スタッフ: それじゃ、クリップ付けていくから。冷たいけど我慢して。

咬冴隊員: 毎回思うけど厳つい見た目よなぁ。

[咬冴隊員の手首足首に一般的なクリップ状の電極が装着された後、胴体にも財団製の巨大なクリップが幾つも接続される。これは咬冴隊員のように吸盤式の電極が上手く吸着しない肌を持つ職員に対応するための設備である。]

夜無医療スタッフ: ……うん。[数値を確認し、書き留める]……うん、うん良し異常なし。

[以降、夜無医療スタッフによって各種検査が継続して行われ、最後には水槽内に座った咬冴隊員の口内に、ホースが入れられ放水される。]

夜無医療スタッフ: 通水も問題無さそうかな……?

咬冴隊員: [脇腹のエラ孔から水流を吐き出しながら]うぁあ、わいじょうぶわ。

[夜無医療スタッフは機材を片付け、咬冴隊員はバスタオルで身体を拭き水槽外へと出る。]

咬冴隊員: はぁ……色々と酷い目にあったわ……。

夜無医療スタッフ: 次は……身長測定か。

[夜無医療スタッフに促され、咬冴隊員が身長体重計の上に乗る。支柱は背ビレと尾を避けるために隙間を開けて2本あり、両支柱を繋ぐようにセットされたカーソルにも頭頂部のヒレを避けるスリットが用意されている。]

咬冴隊員: ……どうや?

夜無医療スタッフ: 147.2センチ。結構伸びたねぇ。

咬冴隊員: ほんま!? 7センチも伸びたんか!?

夜無医療スタッフ: これで検診終了。もう降りていいよ。

咬冴隊員: 7センチ♪ 7センチ♪

[咬冴隊員は見るからに上機嫌な様子で検診室を後にする。]

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E8%A1%A8%E3%80%80%E5%92%AC%E5%86%B4

あの注射は痛そうだ……が、僕もちゃんと認識している、あれは必要な措置だ。倫理委員会に移籍する前、僕の専門は異常生物だった。だから当然生体絡みの事には詳しい自身がある。夜無医療スタッフの処置は映像で見るに手際よく、可能な限り痛みの少ないように行われていた。


検診記録4

%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%98%E3%83%93.jpg

対象: カナヘビ(エージェント・カナヘビと表記)

身体形質: 男性。身体的は一般のカナヘビと同様だが、長命かつ不明な機序で口腔から音声による発話が可能である。身体構造に関する情報の詳細は一般的な動物種としてのニホンカナヘビ(Takydromus tachydromoides)に関連する情報を参照。


エージェント・カナヘビ: 検診はもう千原クンとこで済ませとるんやけどな。

夜無医療スタッフ: すまないが、制度上必要なのでね。二度手間なのは同意するよ。

エージェント・カナヘビ: [溜息] まー、しゃあないか。こっちはストレスとかだけの問診よな?

夜無医療スタッフ: 職場環境……これは物理的な面を含めてだが、それによるストレスがないかの確認だね。

エージェント・カナヘビ: 物理の方はもう慣れっこやしなぁ。

夜無医療スタッフ: そう言うと思ったよ。

エージェント・カナヘビ: それに、ボクにストレスがあると思うんか? なんたってボクはイザナギノミコトの生まれ変わりなんやからなあ。あのクソトカゲの断片を殴り合いで負かしてやったことすらあるタフガイなんやで。あれ、ほなスサノオノミコトの生まれ変わりの方がそれっぽいか? うーん……

夜無医療スタッフ: [呆れ顔で] はいはい。いつも通り問題はなさそうだね。

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E8%A1%A8%E3%80%80%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%98%E3%83%93

ホモ・サピエンスでない身体をした職員たちでも、中には既存の検査項目や設備でどうにかなる人達も存在している。身体的には "爬虫類のカナヘビ" そのものであるカナヘビさんはそのパターンだ。内面や素性自体はかなり謎めいた人だけど、とりあえず問題あるような対応はされていない。


[爆発音。爆煙と共に扉が開け放たれる。]

エージェント・カナヘビ: な、ななな、なんや一体!?

[エージェント・カナヘビが軽度のパニック状態に陥る。]

[夜無医療スタッフは冷静な様子でカルテを見ている。]

夜無医療スタッフ: [欠伸]

[爆煙の量が減少する。後の調査の結果、正確には爆煙ではなく特殊な加工を施された黒色の紙吹雪であることが明らかになっている。]

夜無医療スタッフ: [溜息] ……滝川一郎さん、どうぞ。

[ウサギのような身体的特徴を有する男が検査室に入室する。その様子から男が軽度の興奮状態にあることが見て取れる。]


検診記録5

%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-%E3%82%A4%E3%83%81.jpg

対象: 滝川一郎(エージェント・イチと表記)

身体形質: 後天的身体変化により、ウサギのニュージーランドホワイト(Oryctolagus cuniculus)に近い頭部形状及び同種の尾を有する人間男性。全身は体毛に覆われ、また体格は14〜15歳程のものへと変化している。


エージェント・イチ: あれ、もしかして驚いてないですか?

夜無医療スタッフ: 健診名簿の次の欄が君だったから何かしら来るだろうとね。それにこの爆煙パターンは前にも別の施設で君が使っているのを見たことがある。前よりはクオリティを上げたみたいだね。

エージェント・イチ: えー、そんなぁ。

エージェント・カナヘビ: この阿呆! 医療器具に何かあったらどうするんや!

[エージェント・イチ、ここで初めて足元のエージェント・カナヘビの存在に気付く。]

エージェント・イチ: あれ?カナヘビさんだ。……え、もしかして本当の爆煙だと思ったんですか?これただの紙吹雪ですよぉ!

[エージェント・イチが口元を押さえて笑う。]

エージェント・カナヘビ: 含み笑いしとる場合か!これ誰がどうやって片付けんねん! ……本当に腰抜かしてもうたわ……

夜無医療スタッフ: とりあえず君の健診は問診メインだから、先に済ませてしまおうか。午前の部はそれで終わりだし。こっちではふざけないでくれよ。

エージェント・イチ: それは勿論! 自分の健康に関わる事ですし!

[エージェントカナヘビが無言で頭を抱える。]

夜無医療スタッフ: [カルテ資料をめくる]君は、成長ホルモン受容体拮抗薬を使っていたね。ウサギの部分がヒト骨格の成長に追いついていけないせいだが……酷い成長痛のようなものは?

エージェント・イチ: おかげさまでかなり楽になってますね。ちょっと脚が痛いですけど、人間時代に経験したのと同程度です。

夜無医療スタッフ: うむ、許容範囲内という事だね。使用量についてはこれからも、個別に月1単位で確認していくからね。それから……

[以下エージェント・イチへの問診が続き、彼はここに於いては真面目にやり取りを行う。]

夜無医療スタッフ: しこりのようなものは?

エージェント・イチ: 今のところ無いですね。

夜無医療スタッフ: ……むくみとかの症状も無いかな?

エージェント・イチ: あー、僕の身体だと毛皮で分かりにくいですよね。無いです、大丈夫ですよ!

夜無医療スタッフ: じゃあ、最後に心電図とMRIで終わりだ。

[エージェント・イチは、咬冴隊員に使用されたものと同じ心電図計の元へ案内される。ベッドは咬冴隊員の時とは違い1つに戻されている。]

エージェント・イチ: 物すっごい物々しいですね。拷問器具ですか?

夜無医療スタッフ: ……心電図計だ。

[夜無医療スタッフは憮然とした様子でクリップの装着から計測までを終える。]

[夜無医療スタッフ、MRIのための隣室へとエージェント・イチを連れ立って向かう。]

[MRI内機器内で何事か喋り続けようとしたエージェント・イチは夜無医療スタッフに注意を受ける。]

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E8%A1%A8%E3%80%80%E3%82%A4%E3%83%81

僕はまた、そして集姫SEの時より遥かに深く頭を抱える事になってしまった。本当に、本当に何をしているんだ滝川一郎!?これは厳重注意に処さねばならない。あってはならないふざけ方だ。医療行為の進行中だぞ!?後で絶対に報告案件として纏める。想定外の仕事が増えてしまった。また胃の痛みを思い出し片腕を抱えるように腹を押さえつつ、僕は映像を次に進める。


エージェント・カナヘビ: で、夜無さんこの爆炎紙吹雪どうするんや?

夜無医療スタッフ: [眠たげな目で]あー、僕が片付けたい所だけれど体質だけはどうにもね。僕のは異常性とはまた違うけど……。緊張が切れると……どうにも……。

エージェント・カナヘビ: いや起きてくれや!

夜無医療スタッフ: [寝息]

エージェント・カナヘビ: [無言で愕然とする]

エージェント・カナヘビ: ……で、午前の部は終わって夜無くんは寝てしまった訳やけど……。

[数秒の沈黙]

エージェント・カナヘビ: え、これボクが片付けなアカン流れなんか!? このボクがお掃除を!?

カナヘビさんが片付けたのか。あの紙吹雪、本当にとんでとない事をしてくれたな……厳重厳重注意だ。絶対に。

そしてこの次の映像が、問題の愛知上席研究員だ。その映像を再生した僕は、あまりのことに怖気に震える事となった。


午後の部


検診記録6

%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-%E6%84%9B%E7%9F%A5

対象: 空槵愛知(愛知上席研究員と表記)

身体形質: 女性。日本生類総研由来のアマガエル(Hyla)と作戦時に死亡した女性機動部隊員████氏の遺体が融合した事で誕生し、アマガエルとヒトの身体形質が混然となった特徴を持つ。基本的な骨格構造は概ねヒトのものに準じているため、胸部に存在する鳴嚢は声量の拡大というアマガエル本来の機能を有さない。


愛知上席研究員: し、失礼しま~す……

エージェント・カナヘビ: [荒い呼吸]

愛知上席研究員: えっと……カナヘビ、さん? 一体何を……

エージェント・カナヘビ: [愛知上席研究員の方を見る] お、ちょうどええ。夜無さん起こしたってや。

[夜無医療スタッフが椅子にもたれかかった状態で睡眠している。]

愛知上席研究員: え、あ、わた、わたしがですか!?

エージェント・カナヘビ: せや。そんだけ立派な鳴嚢あるならデカい声出せるやろ。…… なんや、できないんか?

愛知上席研究員: [たじろぐ] えぁ、は、はい……

エージェント・カナヘビ: そんなデカい鳴嚢あるのに?

愛知上席研究員: えっと、これ、鳴き声出すためのものじゃないんですぅ……。だからその、大声は出せないといぅ…… [不明瞭な発言]

エージェント・カナヘビ: [ため息] そか、ならしゃーないな。

[エージェント・カナヘビが前足を使って夜無医療スタッフの近くに存在する銅鑼を指し示す。]

エージェント・カナヘビ: これ、鳴らしたってや。

愛知上席研究員: [3秒間沈黙] んぁ、えぇ……?

エージェント・カナヘビ: 夜無さんな、緊張切れると眠ってまうんや。それで常備されとるけどボクは鳴らせへんぞ。

[愛知上席研究員が逡巡する素振りを見せる。]

愛知上席研究員: ぁ、わ、わかりました。

[愛知上席研究員が桴を持って銅鑼の傍に立つ。]
**

愛知上席研究員: ……ぇぃ!

[愛知上席研究員が銅鑼に向かって桴を振り下ろす。直後、大音量の金属音が発生する。]

夜無医療スタッフ: う~ん……

愛知上席研究員: [短い悲鳴]

[夜無医療スタッフが睡眠から覚醒し、愛知上席研究員の方を向く。]

夜無医療スタッフ: おや、君は……

[放心状態にある愛知上席研究員をよそに、カルテを確認する]

エージェント・カナヘビ: 健康診断の対象者や。はよう見てくれ。

夜無医療スタッフ: おお、そうか。ふむふむ……

愛知上席研究員: [ハッとした表情で] あ、えと……

夜無医療スタッフ: 問診と、その後MRI検査を行うよ。

エージェント・カナヘビ おー、シャキッとしたやんか。

[愛知上席研究員への問診が開始される。愛知上席研究員はところどころ詰まりながらも回答していく。]

夜無医療スタッフ: 日常的に運動はしてる?

愛知上席研究員: えぇと、移動の時に歩いてます……

夜無医療スタッフ: うーん……。[喉の奥で低く唸る]しこりや痛みのようなものは?

愛知上席研究員: 無いです。

夜無医療スタッフ: そうか、それじゃ……[深く考え込む様子を見せつつ]MRIを。

[夜無医療スタッフと愛知上席研究員は部屋を移動し、一連のMRI検査が行われる]。

夜無医療スタッフ: あ……うーむ……。[続けて低く喉の奥で唸る]やはりか、トレーニングを怠ったね?

愛知上席研究員: [稼働を終えたMRIから起き上がりながら]え、何処か悪いですか……?

夜無医療スタッフ: 以前にも言っていた筈だろう、筋肉の層が薄すぎる。これはマズい。見て分かりやすいくらいに腹回りがかなり "育って" いたからよもやと思ったが……。

愛知上席研究員: [自身の腹部を触りながら]お腹周りの運動は確かにしてないですけどぉ。

夜無医療スタッフ: [MRI機器に腰掛けた愛知上席研究員に視線の高さを合わせて]いいか、これは命に関わる話だから、本当によく聞いてくれ。ヒトとカエルの中間ということは他の人より肋骨が疎らで弱い訳だ。だから筋肉でその働きを補わなければならない。

愛知上席研究員: [息を呑んで]はい……。

夜無医療スタッフ: ヒト式の肺呼吸は、横隔膜と肋骨を使ったポンプ動作で行われている。君の場合は、それを補うために胴部に強い筋肉をつける必要があるんだ。

愛知上席研究員: じゃ、じゃあ今のままだと……?

夜無医療スタッフ: 肺呼吸が碌にできなくなるだろう。それに支えが無くなって他の内臓も悪くなる。

[愛知上席研究員、言葉を失って息を呑む]

夜無医療スタッフ: 後程エクササイズ……トレーニングメニューを組んでメールするから、しっかり行うように。サイト内のジムにも取り次いでおこうか。

愛知上席研究員: は、はい……。分かりました、お願いします……。

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E8%A1%A8%E3%80%80%E6%84%9B%E7%9F%A5

あのMRI画像は本当に恐ろしかった。ヒトでは12対ある肋骨が3対しか無く、その上に1本1本がどれも細く弱々しいものだった。僕は腹痛も忘れて愕然となる。筋肉層の薄さも相まって、あれでは何処かにぶつけた際に肺や心臓に入るダメージも危険なのではないか。

……ジムの方から、ハードトレーニングに音を上げる愛知上席研究員のゼェゼェ声が微かに聞こえる。今なら言える、しっかりと筋肉をつけてくれ。それと僕の方からも、彼女に身辺から危険な形状を減らすよう働きかけとかもしてみよう。角の尖ったデスクとか。


検診記録7

%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-%E9%85%92%E5%91%91.jpg

対象: 酒吞薫(酒呑研究員と表記)

身体形質: 身体がハブ(Protobothrops flavoviridis)のものへと変化した女性。本体であるハブの周囲に酒類に分類される液体を纏って任意に操作でき、不明な機序で酒類から栄養補給を行う。活動時には液体であるその酒類で人型を形成することで "体内にハブが格納された液状人間" のような形態をとる。


夜無医療スタッフ: とにかく、節制が大事ね。腹八合に医者いらずって言うでしょ。

愛知上席研究員: はい、はい……

夜無医療スタッフ: とりあえず今日はこんなところだから。また何かあったら来なさい。

愛知上席研究員: はい……

[愛知上席研究員が椅子から立ち上がる。]

エージェント・カナヘビ: ほな、次の人どうぞ~。

[愛知上席研究員が退室する。]

[部屋の外から愛知上席研究員の悲鳴が聞こえてくる。]

[部屋の扉が開き、酒呑研究員が入室する。]

酒呑研究員: カナヘビさんこんにちはやね。

エージェント・カナヘビ: あー、さっきの悲鳴は?

酒呑研究員: ああ、なんかうちを見て食われるって思ったらしいわ。うちはカエルより酒の方が好きやのになぁ……

夜無医療スタッフ: 酒呑くん、愛知くんの肌は全体が粘膜だから、蛇どうこう以前にお酒の身体で触れない方が良いのは事実だよ。

酒呑研究員: あ……。そういう事だったんか、あかんかった……気をつけな。

夜無医療スタッフ: [カルテを見ながら] さて君の場合は……問診だね。どこか調子が悪いとか、そういったことはあるかい?

酒呑研究員: ぜーんぜんないですわ。元気すぎるくらいや。今日もたらふく酒飲んでるしなぁ。

夜無医療スタッフ: 一日にどれくらいお飲みに?

酒呑研究員: あー……3Lくらい?

夜無医療スタッフ: リッターで行くのか。いいねぇ……

酒呑研究員: うちは酒飲んでも悪影響無いからなぁ、好きなだけ楽しめるんよ。むしろ、飲まない方がやばいまであるし……

[以降15分に渡り、問診が行われる。]

夜無医療スタッフ: とりあえず、質問はこの程度で。

酒呑研究員: あら、もう終わり? もう少し話してもええんやで?

夜無医療スタッフ: そうはいっても、もう聞くことないしねぇ。

酒呑研究員: からかっただけや。気にせんで。

[エージェント・カナヘビが酒呑研究員の傍に移動する。]

エージェント・カナヘビ: [小声で] なあ、今度一緒に「零響」飲まん?

酒呑研究員: いいよぉ? でも、そんな酒どうやって手に入れたんや。

エージェント・カナヘビ: ここだけの話なんやけど……あるんよ。「秘密のルート」が。

酒呑研究員: 是非教えてほしいね。

エージェント・カナヘビ: はは、言えるわけないやろ。言ったら「秘密」やないし。

酒呑研究員: そういや、あんたも酒飲めるんやねぇ。

エージェント・カナヘビ: この身体で……って驚いたやろ? 実はな、ヤマタノオロチの末裔やねん。

[夜無医療スタッフが遠巻きに二人の会話を見ている]

夜無医療スタッフ: 何話してるんだ?

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E8%A1%A8%E3%80%80%E9%85%92%E5%91%91

愛知さんの泥酔の原因は貴女でしたか……。悪気は無かったようだけど、うっかり意図せずの事故なども防ぐ目的で接近禁止の令を出したほうが無難かもしれない。予想だにしない事故は事前に防いだほうがお互いのためではないか。これも委員会内で掛け合ってみよう。


検診記録8

%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%AA%E3%83%8D.jpg

対象: アマリア・ハルキュオネ(ハルキュオネ事務員と表記)

身体形質: 超常種族であるハルピュイア族の女性。腕部にEVE1発生器官を有し、飛行用途にのみ使用が可能。詳細はハルピュイア族関連資料群を参照のこと。


夜無医療スタッフ: さて君で最後だ。いつも通り、問診の後にEVE測定を行うよ。

ハルキュオネ事務員: お願いします。

夜無医療スタッフ: で、まずは職場環境、これは物理面についてを大いに含むんだが、ストレスを感じる部分なんかはあるだろうか?

ハルキュオネ事務員: そうですね、ちょっと羽根を伸ばせる場所が少ないなとは感じます。……あ、物理的な意味の方です。

[ハルキュオネ事務員は僅かに右翼を開閉してみせる]

夜無医療スタッフ: なるほど……[メモを取りながら]横幅が狭いという認識で合っているかな?

ハルキュオネ事務員: はい、特に廊下スペースなどでは強く感じます。

[以下、淡々と問診が進められる]

夜無医療スタッフ: ……なるほど。[ペンを置く]では、残るはEVE測定装置だね。

[夜無医療スタッフは自身のデスクの背後に周り、MRIとは別の隣室に繋がるドアを開く。その先には人1人が腕を広げた直立姿勢で入れるサイズの、白色の棺桶状の装置が鎮座している。] 

ハルキュオネ事務員: 何度見ても物々しいですねこれ。

夜無医療スタッフ: まあ実際に物々しい装置だよこれは。

[ハルキュオネ事務員が内部に入り、扉が閉められる。]

夜無医療スタッフ: 深呼吸して、羽ばたく時と同じ感じで意識を集中して。

[2分間に渡り、EVE計測器の起動音が鳴り響く。]

夜無医療スタッフ: OK、問題無しだ。

[開扉]

%E5%81%A5%E8%A8%BA%E8%A1%A8%E3%80%80%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%AA%E3%83%8D

ハルキュオネ事務員は、以前にカウンセリングを受け持った事もある職員だ。困り事の際には過去に何度か、彼女自身の方から連絡とヘルプ要請を受け取った経緯もある。EVEについては僕の専門外ではあるけれど、ここまでの記録から見ても問題ないと見て良いだろう。

調査結果は当初の予想からは、思いも寄らないものになった。

  • 愛知上席研究員: トレーニングは健康上必須であり、その一方、身辺から衝突時に危険な物品を取り除く方策が必要。
  • 酒呑研究員: 心苦しいが、互いのために愛知上席研究員との接近禁止は必要かもしれない。(※要検討)
  • エージェント・イチ: 厳重厳重厳重注意

対応策を業務メモに纏め終えると、また胃がキリキリと痛みだした。数日前から断続的に……何か悪いものでも食べただろうか。


僕はこれまで不信感から倫理委員会権限を盾に健診を受けていなかった事に後悔を覚えつつ、つい先程まで映像記録を見ていたPCで夜無さんの受診枠の空きの確認を始めた。

特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License