アンハッピー・バレンタイン
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かんからかん。
轟音とともに鳴り響く軽やかな金属音。

青年は噎せた。あまりにも濃密な砂煙は視界も呼吸もとにかく全てをかっさらっていった。

馬鹿ほど分厚いコンクリートの壁をぶち破ったそれはもうもうと立ちこめる砂煙のなかで軽やかにころがり続ける。

鼻腔を満たす砂塵の香りにひとすじ、甘い香りがただよった。


SCP財団による人類への宣戦布告。

世界オカルト連合に引き抜かれてたった数ヶ月の脳ミソは伝え聞いた情報の理解を拒絶した。

研究内容だか結果だかが"異常"だのなんだのと半ば無理矢理連行されて数ヶ月、ようやく"異常"にも慣れてきたころだった。青年には未だSCP財団=同種企業、程度の認識しかないものの、人類を異常から守るという点で志をともにする組織であったと把握している。

その団体が、人類を根絶するとは一体全体何があったというのか。真実はいまだ青年の理解から程遠い。だが現実は青年の理解を待ってはくれない。SCP財団の最終通告から2日、青年は大西洋にあった。大西洋と言っても船の上ではない。要塞都市である。青年が配属されたガンジル、と呼ばれるそれは世界終焉の時、生存者を救うためのものであるという。まだ下っ端の彼は今の今まで存在すら知る由もなかったが。

どこからともない風の噂は数々の凄惨な逸話を孕んでいたが、それが馬鹿馬鹿しく思えるほどにこの施設は堅牢であった。

だからこそ、それはあまりにも突然だった。

立ちこめる砂煙。こだまする悲鳴。

何分経っただろうか、舞い踊る砂塵がしずまったころ、壁をぶち破ったそいつは顔を出した。

それはそれはとんでもない轟音と共に壁をぶち破ったそいつは、甘く、甘く香り立つチョコレート・ファウンテンだった。

崩れ去ったコンクリートの壁、瓦礫の山に佇むそいつからごうんごうんと溢れ出すチョコレートは、煙たい床を這って青年の足元へ迫ってくる。

芳香。

ここ数日感じ得なかった幸福感が少しばかり鼻腔を通り過ぎてゆく。

なぜこんなものが、だとか誰がこんなものをとかは解りきっている。数日前からSCP財団が手当たり次第に異常物品やら兵器やらをぶち込みに来ているのだから。

つまりこのチョコレート・ファウンテンもまともなはずがないのである。というか分厚い壁をぶち破って無傷な点で異常に違いない。

それにしてもよい香りである。なんて魅惑的。きっと長らくチョコレートなんて食べているひまがなかったからだろう。どろりとしたつやがどことなく妖艶で、半ば無意識に指を浸した。


どれくらい時が経ったか解らない。何気なく目を遣った手指には甘ったるい芳香がこびりついていた。

嗚呼、羽虫の音がうるさい。これほど甘ければ虫も集って当然か。ふわふわした頭でおぼつかない思考を試みた。

そういえば、今日は、バレンタインデイだった。

愛をずっしり血肉に込めた想い重いチョコレートなんか食えたもんじゃないと思っていた。でも、次は僕の番、案外しあわせかもしれない。

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