どどう〳〵と駆けてゆく。
青い芝を散しながら。
「御代みしろ君、今度の[昭和の日]は休みだつたらう、一寸淀まで行かないかい」
そう声をかけてきたのは、遊木ゆうき博士であつた。
「生憎その日は甥姪達と出かける積りでして」
「なに、行先は決まつているのかい」
「いえ、それはまだですが」
「なら恰度いい、淀に来たまへ、どうせ三矢間君と併て四人で行こうという腹積りだらう、其位の席は用意できる」
「席とは、舞台にでもお誘ひですか」
「いや、競馬場だよ、春日井から継いだ馬が帝室御賞典に出るのだが馬主席が空いていてね」
春日井博士といへば、遊木博士とは特に親しくしていた記憶がある、私も彼の知己であつたから、昨年失踪したとの報せには驚いた、二十と少許りで阪大の教授となつた才人ながら、確かに忽然と消えてしまいそうな影のあつたのを覚えている、学者や代議士の家系とあつて資産のあるのは知つていたが、馬を持つていたとは知らなかつた、帝室御賞典となると馬には不詳の私でも聞いたことのある大競走である、それほどの優駿を持つとは馬の方にも才運のあつたのだらう、熟つくづく惜い人である。
「私は競馬には明るくありませんが、宜しいのですか、他に良き方も居られませう」
「一応彌田やた殿、氷菓ひが君、鴉羽からすば君辺りも誘つたのだがね、別の用があると断られてしまつたよ、鴉羽君が馬術経験の有る応神いらがみ君か御代君を誘えば良いと謂つてね、応神君は行き違いで東京へ行つてしまつたからここへ来たといふわけだ、なに、詳しくないからと謂つて問題はない、詳しい方も居るから教えてくれるだろう、初て観るのが馬主席からといふのも悪くないだろう、マア無理にとは謂はないから、考えておいてくれたまへ」
「ハア、承知致しました、甥達に聞いてみて次第ではありますが」
「結構々々、では失敬する」
馬術の心得はあつたから同じ馬を用いる競馬にも聊か関心があつたし、電脳で調べてみればなかなか競馬場も面白い所であるようだつた、伝えて見れば將も美紗紀1も反対はせず、三矢間嬢も諒解してくれた、斯謂ふ訳で四人揃つて向かいたいと博士へ一報入れると直ちに淀行きの手配をしてくれた。
東宮殿下が老齢に至つて執政の十分に果たせぬことを御憂慮になつて、皇族会議と枢密顧問との賛意を得てその御子宮が新に摂政へ御就きになることとなつたから、新摂政就位大礼祝日へ向つて景気は上々である。
ガヤ〳〵と
電磁重力飛行船
ことん〳〵と揺れる高速電氣鐡道レイルウエー2から遠く富士の山を打ち眺めて
「もう十分成長したんだろう?心配なら三矢間君にでも任せればいいさ。」
黄緑色の芝を蹴って、馬が駆けていく。
「君はハロウィーンというのを知っているかい?」
「欧州の祭典だろう?十月の末に南瓜の灯篭を飾るとかいう。」
現世と霊界に通じる日なのだとよ。日本こちらで言う盆のようなものさ。