企画案2050-098:“落陽”
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名前: ラシード・ビン・サイード

タイトル: 落陽

必要素材:

  • インド・中国におけるインフルエンサーの協力

要旨: これは絶対性に対する報復、そして啓蒙だ。

7月12日、「中印戦争」についての情報が中国やインド国内で大きく拡散される。その内容は「インドが国境付近にヴィヴァスヴァット神信仰を基礎とする神学都市の建設を発表した件について、それは中印戦争への布石ではないのか」という戦争の匂いを感じさせる情報だ。もちろんこれらの情報の真偽はすぐに精査され、人々の不安を煽る不適切な情報であるという烙印を押されるだろう。しかし、人々の間には疑念が生まれる。去年X月に起きたXX事件や、今年X月に起きたXXといった出来事は確実に中印戦争の先駆けであり、今回もそうなのではないか、と。

そしてこの情報には拡散されやすくなるためのミーム性と、一週間後の7月19日に情報を知った人の認識に影響を及ぼす異常性を有している。この異常性とは、「太陽が認識できなくなる」、それだけである。そして同時に、「中国がアジア圏上空に太陽光不可視化パルスの設置を行った」という情報を流す。人々はその際大きく混乱し、社会不安に襲われるだろう。もちろん、この認識災害は政府によって容易に除去され、混乱もすぐに収まるであろうが、その際に感じた太陽という存在の絶対性、自身の平和と安全という絶対性、日常の絶対性は大きく揺らいだという記憶は変わらない。

意図: 私たちは当たり前の日常を当たり前に享受し、当たり前に生きている。この日常の絶対性を疑わない者が世界には多く溢れている。そんな私も、忘れられない2019年のあの日まではそうだった。突如世界には奇跡だとか魔法があふれ出し、人ならざる者たちが溢れ出した。その時から、私たちの日常は全く異なるものに変わっていった。

私の父はピラミッドなどの遺跡群の観光ガイドを行っていた。しかしながらそこから出てきた伝承部族はその土地の所有権を主張した結果、政府は遺跡群への観光を禁止した。仕事をなくした父がようやく見つけたのは、異常な世界からやってきた企業が作ったパラテック工場でのラインの作業員であった(ちなみに、後から分かったことだがこの企業はプロメテウスの5次受けだとかで、この企業も企業で苦労していたらしい。)。父は低賃金で酷使されるのではないかと母親は心配していたが、いつも朝8時に家を出て、夕方に帰ってくるという健全な生活を行えていた。私はそのおかげで難なく生活することができたし、高校に進学することができた。しかしながら年が経つにつれて父はやせ細り、顔もやつれていった。体に黒い斑点が浮かび上がり、咳もいくつかするようになった。しかしながら父親は大丈夫だと言って笑っていた。私は、こんな父の言葉を信じ、甘えていた。ある日、父が家に帰ってきてから食卓を共に囲んでいたら、父が突如嘔吐した。しかし父は笑っていた。その両頬に涙を伝わせながら。父に何があったのかを聞いても、ただ大丈夫という言葉を繰り返していた。医者に連れて行っても、どの医者も原因を明らかにすることは出来なかった。

私は、そこで明確に父はおかしくなっていることを確信した。私はインターネット上で家族が同様の症状に陥った他の被害者家族とコンタクトを取り、原因を話し合った。被害者の共通点として、同じ工場に勤務していることがわかった。しかしながら、工場の責任者や企業に問い合わせても、現在調査中であるという回答が繰り返されるのみであった。私たちに進展がなくなっていたとき、ある人が声をかけてくれた。それがノエ・クセナキスであった。ノエ・クセナキスはギリシャからやってきた夏鳥勢力の一人であった。彼は被害者の様相を見て、これが異常絡みであることを確信して私たちに工場を襲撃することを提案した。当初私たちの集団の多くはそんな物騒な手段に出ることを否定した。所詮夏鳥思想は暴力的なテロリズムだとこき下ろした。しかしながらそこで私は手を挙げた。国や政府が動かないことは近年の異常世界に媚びへつらう"上"の人たちの様相を見て理解していた。私が動かなければ、何も変わらないと思った。今思えばこの体験が、今の自分を強く形作っているのだと思う。

私とはノエと他の賛同者と共に真夜中の工場に忍び込んだ。もちろん簡単にはいかなくて、アラームが作動し警備用のゴーレムが私たちを鏖殺しようと動きだした。ノエはそこで小型の爆弾を取り出し、ゴーレムの方へ投げそれらの機能を停止させていた。爆弾はEVEを遮断してゴーレムを機能停止させるもので、私たちは異常な世界に立ち向かう術があるのだと湧きあがったものだった。そうして工場の最深部にたどり着いたとき、私たちはマザーコンピューターを跡形もなく爆破した。

翌朝、被害者たちは青白かった肌色がもとに戻っており、泣いて喜んでいた。父親によると雇用契約を結んだ際に、悪魔との契約を結ばされ、日々生命エネルギーを取られ続けていたのだという。さらに、悪魔についての言及の禁止や、仕事に異議を唱えることの禁止など、無茶苦茶な条件で契約を結ばれていたということであった。しかしながら、悪魔との契約についての法律上の規則は存在していなかった点から企業は不起訴処分になり、私たちは異常な世界とそれを受け入れようとする政府への不信感をより募らせることとなった。

私たちは程なくして警察に追われることになった。顔写真を貼りだされ、表世界で生きることのできなくなった私は次第に夏鳥思想集団と関与を深めていくことになる。今思えば、彼らの思想にも絶対性なんて存在していなかった。けれど私は、本当にこの国を変えるためには、異常な世界から守るためには夏鳥思想による正常な世界への回帰こそが正しいものだと信じていた。私たちは似た境遇の人が集まって次第に巨大化し、来る20XX年X月X日に、エジプト政府を打倒し、そしてX月X日にサハラ夏鳥臨時軍事政府を樹立することに成功した。私たちはその時、確かな未来を勝ち取ったのだと、歓喜したのであった。

しかし、この軍事政府は次第におかしくなっていった。国を守るための権力が、異常を排斥するために用いられた。この国は異常への憎悪だけで成り立っていた。将来的な国のビジョンが明確に存在する持続可能な国家ではなく、異常へのヘイトを燃料にして纏められた砂上の楼閣に過ぎず、もし異常、敵がいなくなればこの国が瓦解してしまうような、そんな危うさを秘めていた。2022年にピラミッドが壊されたとき、私はこの政府と袂を分かち、亡命することを決めた。しかし、家族はこの国に残ると私の誘いに答えた。父親の面影は、2019年よりの前のそれとは大きく異なっていた。だが、彼らは私を明るく送りだした。私はここまで育ててくれた父親に感謝を込めてコンパスを送った。父は代わりに彼が今まで使っていたコンパスを私にくれた。さようならمع السلامةの言葉を添えて。

ヨーロッパに渡った私は異常な世界を見て回った。異常な世界は確かに恐ろしいこともたくさんあった。しかしながら同時に、この世界にも異常を受け入れたことで豊かさが生まれて、前に進んでいく人々がいることを知った。私はそこで、夏鳥に接していた時の自分を恥じた。外の世界を知らずに、外の世界を知った気になっていた。己の怒りに翻弄され、冷静に世界を見ることをしようとせず、自分の見ている世界の絶対性を信じ切っていたのだ。

そしてその日がやってきた。2025年2月8日。セクメト作戦が実行された。ラーによって放たれた閃光がカイロ市街を焼き尽くし、約7万人の命が失われた。私はカイロ市街の立ち入りが許可された3月某日に3年振りに舞い戻った。愛しき我が家には、黒い液体の塊がいくつかのこっていて、その中の一つに太陽の光が差すと、銀色の針が輝いた。私は、絶句した。

私はこの凄惨な光景をSNSに掲示した。社会において超常攻撃の恐ろしさと、ラーの行った無差別攻撃への怒りを伝えたかった。もちろん、私の意図をくみ取って同情的なコメントを寄せる人も多くいたが、それ以上にこのラーの攻撃を肯定し、夏鳥臨時軍事政府の消滅を純粋に喜ぶ人が多くいたことに、ひどく驚いた覚えがある。夏鳥は敵で相容れない存在であるという絶対性を信じ切っていたのである。

この現状を憂いた私はSNS上で情報を発信したり、自身の体験談を書籍にして出版したりして、人々に私の思想を伝えた。これによって私の名前はそれなり知られるようになったし、私の考えに共感しくれる人々も増えた。しかしながらそれらの人々は私が伝えなくても自身で考えて行動できるような人々ばかりで、大衆に開かれていないクローズドなものでしかなかった。

2034年、その現実を前にして行き詰っていた私は、パリの地で開かれたアナート異常芸術の博覧会である「Sommes-Nous Devenus Magnifiques?」に息抜きに立ち寄った。そこでは、アナ―ティストたちが自身の思うクールを自由に芸術として表現していた。アナ―ティストの作る芸術のメッセージ性は、どんな言葉よりもダイレクトに伝わってきた。そして、見るものを芸術に巻き込むそのあり方は、私の抱えていた問題を解決しうるものだと気づいた私は、すぐさま自身のインスピレーションに従って様々な作品を作り上げていった。

そして2044年の第18回Sommes-Nous Devenus Magnifiques?において、私の作品は優秀賞の一つに選ばれた。それは確かに光栄なことではあったが、それ以上に私はより大きな規模で、作品を作り上げたいと思った。結局のところ、この博覧会もアートという枠組みに興味のある人間にしか意味を持たない。より、多くの人を自身の作品に巻き込みたいと思った。

そうして思いついたのが今回の作品である。その40億の人口を理由にしてミーム対抗ワクチンの接種が不十分な国である中国とインドをキャンバスにしなければならなかったというのもあるが、領土を広げ生存圏の拡大に注力しているこの二国間の緊張の高まりに注目した。両方の国民の多くは、このまま緊張が長く続くのみで今回も戦争は起きないのだと楽観視している。しかしこの異常な世界において絶対的な平和と絶対的な安全はあり得ない。私はただ慣例や周囲に従うのではなく、絶対性を疑い、自身でものごとをしっかりと判断できるような人々が増えることを期待して、本作品を制作しようと思う。この作品は博覧会に出す作品ではないが、私のアイデアに賛同してくれる方々が支援してくださることを望む。

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