というわけで、これは突然始まった俺の狂気の記録だ。俺がこんなに方向音痴なわけがないし……それでも、今書いてる時点で2日間このイケアから出られてないんだ。他の人間を一人も見てない。最初はドッキリかと思ったんだよ。店内を迷路にして客を全部外に出して、俺がどれだけ迷うか見物しようと。それでみんなで笑う……みたいなさ。けど、後ろに戻ろうとしたときにそれが間違いだってわかった。様子が変わってんのな。出口どころか、本棚が何列も並んでるだけだったんだ。
つまり、俺はイケアに閉じ込められてる。悪い冗談の始まりみたいだな。夜10時に照明が落ちた時は心臓が止まるかと思ったよ。あの電気が落ちる「ガチャン!」って音と、完全な暗闇だ。ベッドは山ほどあるし、スマホにライト機能もあるけど、電波は圏外。とりあえずベッド見つけて寝た。翌日は出口を探すのに費やしたけど、何も見つからず。けど、店のレストランに行き着いたんだよ。ミートボールがあったから飢えることはなさそうだ……それがオチかもな。まだ温かくて出来立てみたいだったけど、誰が作ってるのかはさっぱり分からない。暗くなる前にベッドまで戻ったよ。照明が落ちると真っ暗で捜索どころじゃないからな。
現在9時10分、さっき照明がついた。こっちに来たあたりは一通り探し尽くしたはずだし、明らかに出口なんてない。だから適当に方向を決めて進むしかないな。
イケアで巻き起こる不思議な大冒険3日目。もし今までこの場所が相当ヤバいと疑ってなかったとしても、今なら完全に確信してる。3時間くらいほぼ一直線(ここでイケアのジョークを入れるとこだな)に歩いたら、あの巨大な在庫棚の脇にハシゴがかかってるのを見つけたんだ。上に登って周囲を見たら、一面がずーっとイケアの棚とテーブルとガラクタだらけで、地平線が見えない。まるでライオン・キングの草原が全部棚とテーブルになったバージョンだよ。でも近くで誰かが動いてるのを見つけたから、そっちに行ってみた。
最初は店員かと思った。あの制服を着てたし。でも、身長2メートル超えで腕がやたら長くて足が短くて、顔がない化け物を雇うのがスーパー・イケアの流儀なのかもしれないな。そいつは俺を完全に無視した。目も耳もないみたいだから、俺の存在に気づいてたかどうかも分からない。興味を引くために押してみようかと思ったけど、あの大きい手ならスイカくらい握り潰しそうだしやめたよ。結局そいつは歩き続けて、見えなくなったから、俺も進む道に戻ったわけだ。
今夜は快適なベッドは期待できないみたいだ。やたら堅くてとんがったテーブルばっかのセクションに来ちゃったから。テーブルクロスを何枚か重ねて代わりにするしかないな。スマホのバッテリーも今日の昼に切れた。もともと電波が通じなかったから同じだけど、なんか生命線が断たれたみたいで気分が萎えるな。
アニメとかで、廊下のドアを開けると同じ廊下の別のドアから出てくるみたいなシーンあるだろ? まさにあれだよ。2日間、本棚しか見てないんだ。何列も何列も同じ棚が続いてる。俺、本はそこそこ好きだけど、さすがにこれはやりすぎだ。ちゃんと進んではいるみたいなんだけどな、頭上の案内表示が次々に流れてるから。けど、一つも「Exit」と書いてないんだよ。
さっきから誰に向かって話してんだろうな……。そのうちここを出られたら、自伝でも書くつもりで独り言の練習してるってことで。タイトルは「俺のまったく普通で平凡なイケア体験」にしようかな。
もし出られるなら
やっと他の人たちを見つけた! そう、やっぱりここに閉じ込められたのは俺だけじゃなかったんだ。俺にとっては幸運なことだよな。ここの6日目の夜、2体のスタッフが暗闇の中で襲ってきた。最初に見たやつと違う個体だけど、同じように気味が悪い。そいつらが近づいてくるのが分かったんだ。「店は閉店しました、建物から退出を」って調子よく言いながら。その喋り方の方がむしろ怖い。口もないくせに、何で喋れるのかも謎だし、言いながら俺を殺そうとしてくるんだからさ。 rabid dog(猛犬)みたいに襲ってきやがった。
だから俺は暗闇のイケアを必死に猛ダッシュ。巨大な在庫棚をひとつ越えたとこで見えたんだよ、懐中電灯とか投光器で明るく照らされてる何かが。中には壁が築かれててさ、棚とかベッドとかテーブルとか、ありとあらゆるもので要塞が作られてたんだ。人生であんな美しいものを見たのは初めてだよ。向こうも俺の姿を見てたみたいで(あるいは俺の――女の子みたいな――男らしい悲鳴を聞いたか)、門を開けて手招きしてくれた。俺が駆け込んだ直後、スタッフどもが門にぶつかってきて、「店は閉店しました」ってまだ言ってたけど、そのうちどっか行った。
そこは「エクスチェンジ(Exchange)」って呼ばれてた。天井から「Exchange and Returns」って看板がぶら下がってるから、そこから名前を取ったらしい。見つけてきた照明を電源に繋いで夜間でも明るくして、ベッドもあるし食料もあるし、そして人がいる。50人以上の人間がいる。手足の長さもちゃんと普通で、顔もちゃんとついてる。今日がここでの7日目、初めて暗闇で過ごさない夜だ。イケアに住んで1週間……テレビ番組でも作れそうだな。
人が増えたから、ようやく正気に戻った気がする。正気っていうか……でも1週間、自分の足音しか聞こえなかったら、誰だっておかしくなるだろ? ここじゃ普通に喋れる相手がいるし、少なくとも頭ははっきりしてる。ありがたい限りだよ!
どうやら他にも集落があるらしい。もっと大きいのもあれば、小規模なのもある。信じられない話だよな。こんなに多くの人が行方不明になってるのに、外の世界で誰も気づいてないわけ? みんながイケアに行くとなぜか消えるとか、普通なら大騒ぎになりそうなのに。あるいは、ここに来るのは一部の人だけなのかも。俺たちが「運がいい」だけ、とか。
みんなあの化け物じみた店員を「スタッフ(Staff)」って呼んでる。昼間はわりと大人しくて、通路を歩き回ってるだけ。でも夜になると急に正気を失ったみたいに暴れまわる。だから昼間のうちに食料や水、必要なものを探しに行く。レストランとか店みたいな場所があって、ランダムに補充されてるらしい。誰がやってるのかは不明。ただ、スタッフだって説もあるけど、もしそうなら彼らは仕事が全然できてないよな。夜は追い回してるし、そりゃ品出しの手も止まるだろうさ。
ともあれ夜になるとスタッフが暴れ出すから、みんな壁の内側にこもる。どうやらここの世界ではどこも同じらしい。なんなんだろうな、この場所は。ウル・イケア――すべてのイケアの起源……とか? あるいは単にごく普通のイケアで、俺たち全員が退屈で頭がおかしくなっただけなのか。分からん。
ここに来て10日が過ぎた。誰に聞いてももう日数なんて覚えてない、って返事が多い。ある男なんてクリスって言うんだけど、何年もここにいるって……。
何年、だぞ?
[判読不能な走り書き]
抜け出せる人もいるって噂があるらしい。出口を見つけたと思ったら、目の前でスッと消えるとか。でも俺は信じるね。だって、こんな店員モンスターとか、果てしない棚とか、あり得ない量のスウェーデン製家具とか、そういうのがある世界だぜ? 消えるドアなんておかしくもないだろう。
まあ、それで俺たちがなんでここにいるか分かるわけでもないけどさ。…というわけで、また独り言を書いちゃったよ!
昨日の夜考えてたんだが、ここって天井がやたら高くて、果てしなく続いてるように見えるのに、天気の変化とか一切ないよな。NASAが持ってる巨大施設では、内部で雲が発生するくらいの気象現象が起こるとか読んだことあるけど。ここはあれよりずっと広いのに、寒暖差すら感じない。
「変なことリスト」が増えていくばかりだよ。
昨夜はスタッフがエクスチェンジを襲撃した。20〜30体くらいいたかな。「店は閉店しましたので」とか言いながら素手で壁をぶっ壊そうとしてきたらしい。ここでは定期的にこういうことが起こるから、みんな慣れてるんだ。レストランの包丁とか、芝刈り機の刃を改造した斧、消防斧なんかを武器にして戦う。ワシームって奴なんてクロスボウを自作してた。ともかく壁には小さい穴があって、そこからスタッフを突き刺せるようになってるんだ。俺も何体か始末したけど、血が出ないのが不気味だな。でも普通の人間と同じで、穴だらけにすれば倒せる。
朝になって死体を運び出さなくちゃならなかった。死体があると他のスタッフを夜に呼び寄せるらしい。だからエクスチェンジから離れた場所に捨てに行く。でかい箱を運ぶ時のあの台車があるから、それに積んで「ピックアップ」って場所まで持ってったよ。ここでは基本的に、頭上の看板に書いてある名前をエリアの呼び名にしてるんだ。
ピックアップの光景は最悪だった。何百、何千っていうスタッフの死体が山積み。幸い臭いはなかったけど。血も出なきゃ腐りもしないらしい。気になって切り刻まれた死体をちょっと観察してみたんだけど、皮膚にしか見えないんだよね。筋肉も骨も内臓もなし。でも動いてる時は骨があるように見えるし、実際殴りかかってくる力も半端じゃない。死ぬと内側の構造が消えるのかもしれないし、もう何がどうなってるのか分からない。どっちにしろここで起こる奇妙なことリストがまた1つ増えただけだ。
テレビとか映画なんかで、世界の終わりとか無人島とか、そういう極限状況になると、人間同士で食料や権力を巡って争いが始まるってパターン多いだろ? でもここじゃ起きてないんだよ。むしろ他の集落から人が来て、状況を知らせ合ったり、足りない物資を交換したりしてる。どこも友好的なんだ。多分、スタッフが夜な夜な襲ってくるって危機感があるのと、店に食料が定期的に補充されるから、奪い合う必要があまりないのかも。
あるいは、人間ってのは意外と捨てたもんじゃないのかもしれない。そう考えるとなんか救われる気がするね。
今日の昼、ゲートに「トローリーズ」って集落から12人が逃げ込んできた。昨夜スタッフが壁を破って、100人以上いたらしいのに、この12人だけが生き残ったって言ってた。もちろん受け入れたさ。こういうとこはちゃんとヒューマン・デカシー(良識)があるわけだ。それからどのくらい集落があるのか聞いてみたら、今まで聞いただけで20以上あるらしい。もっとあるかもってことだ。
この場所のモットーは「どうしてそんなことが可能なんだ」にすべきだな。何千人も行方不明のはずなのに、世界中どこも探してくれないなんて、普通に考えておかしいだろ。
ここに来て2か月ちょっと経った。意外とあんまり変わり映えしない。時々新しい人が流れてきて、みんな似たような話をする。イケアに立ち寄ったらここにいたってな。スタッフは定期的に襲ってくるから、そのたびに倒して死体を捨てる。逆にこっちも怪我人が出ることがある。2週間前にジャレッドって男がやられたんだ。あれは本当に悲惨だった。スタッフには血が通ってないのに、俺たちには通ってる。必死に止血したけど、誰も医者じゃないし……ダメだった。
ジャレッドはいい奴だったのにな。誰もがこんなとこで死ぬ謂れなんてない。
その後で気づいたんだけど、誰も出口を探しに行こうとしないんだよ。どっから始めりゃいいかも分からないしな。
今日、小型ドローンみたいなのがエクスチェンジの上を飛んでいった。カメラ付きのやつ。誰かがついに捜索を始めてくれたのかと思って、助けが来ると期待したけど、どうもそうでもないらしい。ここに来る前にも同じのを見たって人がいたけど、誰も助かってないしさ。
あれが俺たちを見つけたかどうかも分からん。止まりもしないで通過してっちまった。
注: この日誌が書かれた時期は、財団が初めてドローンをSCP-3008-1内で運用することに成功した時期とほぼ一致しています。映像には「Exchange and Returns」と書かれた看板の下に壁を築いた集落が映っていましたが、後日再検索を行った際には発見できませんでした。先に目撃されたドローンの出所は不明です。
今日の夕飯時、みんなに「家の何が恋しい?」って話を振ったんだが、正直失敗だったな。雰囲気が沈んじまった。ここには家族持ちの人も多いから。夫や妻、子供、犬……。フランクリンなんてリャマを飼ってるって言うんだが、信じるかは微妙だ。
でも、それより奇妙なのは、何人かは妙に知識に抜け落ちがあったってことだ。3人は国際宇宙ステーションを知らないって言うし、2人は█████ ███████が首相だと思ってるらしい。自由の女神を聞いたことがない人もいた。しかも本人たちも困惑してるんだよ。
考えれば考えるほど、何か納得できる部分も出てくる。もしかして俺たちは同じ世界から来たわけじゃないのかも? 別の次元や現実から来た人が集まってるとか。テレビや映画でよく見る設定だよな。サラの世界には自由の女神がなかった。ワシームの世界じゃ宇宙ステーションを打ち上げなかった。そうやって世界がバラバラなら、大規模な捜索が行われないのも筋が通る。一人一人が別世界で単に「行方不明」扱いだから、ニュースにもならない……とか。
まあ、SFみたいな話だけど、もうこの際何でもアリだよ。
昨日でここに来てちょうど半年だったらしい。イケアにパーティ帽子なんて売ってるかな。日常はあまり変わらないね。新しい人が数週間おきに増えて、食料は増減しながらも大きくは困ってない。近場にはチェックアウトとかアイル630とか、ほかの町もあって、ときどき様子見に来たり物資交換したりするんだ。これだけでも文明の名残って感じでちょっとホッとするよ。たまに医薬品も分けてくれる。あっちのほうには薬局があるらしい。イケアで薬局? 普通ありえないだろうけど、臓器回収ラボがあっても驚かないって段階だよ。スタッフが何者なのかって謎もあるし。
そういや、スタッフの襲撃は以前より頻度が高い。週に3〜4回、しかも前より数が増えてる。どこから来るのかも、なぜ増えたのかも分からない。何週間か前、俺とサラで昼間のスタッフを尾行してみたけど、通路をふらふら歩くだけで、特に巣みたいな場所に戻る様子もなかった。仕方なく諦めたけど。
一応、壁を補強したり、武器を増やしたりしてる。素材はいくらでもあるから困らない。ワシームがクロスボウを量産してるけど、時間かかるんだよな……。
イケアに銃は売ってないしな。
注: 記載されている期間中、サイト-██ではSCP-3008に新たに進入した人員の報告はありません。
もう攻撃がひどい。ほぼ毎晩襲撃があって、スタッフの数も多すぎる。死体が積み上がって他のやつらが壁を乗り越えそうなくらいだ。ヤバい。
エクスチェンジは
多分もうおしまいだ。昨夜はかなり酷かった。死者はそこまで多くはなかったけど、壁がめちゃくちゃに壊された。どうして最近攻撃が激化したのかも、理由がやっと分かったよ。補給物資の箱の中にスタッフの肉片が紛れ込んでたみたいだ。どうやって入ったかは分からないけど、あれがあるだけでスタッフが引き寄せられるんだと。もう手遅れだけど。死体の数が多すぎるから、夜になる前に全部運び出して壁を直すなんて無理だ。キャンデイスが会議を開いてる。多分エクスチェンジを放棄して、チェックアウトあたりに避難しようって話になるんだろう。
でももう日が暮れる。向こうまで間に合わないかも。俺は最初の1週間暗闇で逃げ切れたことあるけど、あれがずっと続く保証はないし。
これはもう自分なりの区切りのつもりで書いてる。俺なりの、あるいはこの記録を見つける人のための。もしこれが最後のページなら、これを読んでるお前さんは無事にここから脱出してることを願うよ。
俺が一番怖いのは……もし今夜死んでも、朝になったらまたここで目を覚ますんじゃないかってことさ。
注: これが最終記述です。著者は「チェックアウト」の集落へ向かう途中でスタッフ個体に追われ、仲間とはぐれた末に出口を偶然発見したものと推測されています。