水面に想いを馳せて
二重の故郷
「サイト-3408にようこそ、当サイトは世界最高のリゾート・スパで……」
誰も来ないのはわかっている。それでも、私は声を張り上げ、呼び続ける。
「……はあらゆる宗教の方を受け入れてます。偉大なるラクマウ・ルーサンへの献血が必要ですか?でしたら我等の誇るDクラス係員が……」
魚たちはこの環境に慣れきってしまった。サイトの肌には幾万ものフジツボがしがみつき、食堂にはサメが泳ぎ回っている。
「……当サイトは最高のサービスを提供しております。温泉はもうご堪能されましたか……」
世界が水に沈んでしまったあの日から、人と会うことはできなくなってしまった。いくら探索用ドローンを展開しても、目に映るのは屍と廃墟のみ。
せめてと足掻いてみせ続けている。どうか、どうか、誰かに出会えますように。人と出会えますようにと。だがわかっている。わかりきっている。
きっともう、誰にも出会えないのだろう。サイト-3408はその役目を果たすことなく、徐々に、徐々に、海の藻屑と成り果てる。魚たちの巣と成り果てる。生まれてきた意味なぞ、無い。
「……」
その日、30年間に渡って鳴り続いてきたサイト-3408の放送は、停止した。
きっともう鳴ることはない。そろそろ自動発電エンジンも切ろう。私も眠りにつくべきだろうから。
だがその一瞬、彼女の目は確かに”それ”の姿を捉えた。
──”人間”!
ページリビジョン: 5, 最終更新: 03 May 2023 06:07