新・ずっとずっと楽しいだろ? (1)

Finally it works

… in iPhone!

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 そいつに取り込まれると楽園ワルハラに行けるという、警備チーム内での噂があった。


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新たに回収された、第2次収容違反時の記録映像


 そいつは栄誉の「番号」を与えられたものであり、無数の“おもちゃ”で満たされた、トロイメライ……夢のような存在であると。

 噂を語る者は浮かれたように、詩のような誉言を高らかに宣う。
 本来それは、俺たち警備職員のクリアランスでは知ることのない、研究職員の声を盗み聞きして、想像した「らしき」内容でしかないというのに。
  (“らしき”……俺たちに聞こえるようにそんな話をして、研究職員は懲戒されたりしないのか?)


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画面左の警備職員Sは鎮圧および退却に失敗、その最中に防音装備が破損した


 でも、俺を見下ろすそいつの「音」を生で聞いた瞬間、実際に、俺の胸は期待でいっぱいになったんだ。


……は自律動作をし、主に身体中の"おもちゃ"がひしめき合う「がちゃがちゃ」「ガラガラ」と報告される音、加えて時折[編集済]を発しながら歩行します。

ヒト被験者はこの音を直に聴き続けるうちに警戒心を失い、…… (略) ……の内部へ進入していきます。……

被験者の身体は……中へ完全に入り込み、[編集済]…… (略) ……はその分の体積を増大させます。


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第2次収容違反時、こいつの下顎が空母「信濃」になっていたことを、関係者の何人が認識できていただろうか? ちなみにその下の方に、涎の代わりにステルス飛行機が垂れ下がっている (零れ落ちはしない)


 他の被害者が皆そうやったように、俺は、そいつが開けた口の中へと自ら飛び込んだ。


 ロボット、飛行機、ふわふわのウサギ。
 そいつの体を形作る、無数のオモチャが俺を“かじる”。引き裂かれ、破壊される激痛に見舞われる。

 様々なビークル。消防車、バス、ロボットみたいな手足の重機。
 一瞬で顔も口もぐちゃぐちゃのようにされちまったみたいで、叫び声も出ない。ただ、その感覚は、脳内で激しく分泌される快楽物質か、死による意識の喪失かによって、段々と和らいでくる。

 ジェンガに“ブロックス”、色とりどりのパズルやボードゲーム、ガラスや木でできた民芸品、お菓子の入ったカラフルな動物の人形“ピニャータ”、そういうのも「有り」なのか。宝石型のキャンディが付いた指輪。俺にべたついて、離れて、肉を剥がす。

 そんなこんなで俺は、ひしめき合うオモチャの城へ溶け込み、その中心にある真理へと近づいていく。

 がちゃがちゃ。ガラガラ。ブウブウ。ギュウウ~ン。

 オモチャ達が奏でる不規則な音の……
 その向こうから、違う雰囲気の音が、俺を迎え入れてくる。

 それは……合奏のチューニングだった。

 だんだんとクレッシェンドして、近づいてくる。
 そして、聴覚と共にめちゃくちゃにされたはずの視覚も、ずっと遠くの方から少しずつ、ぼう、と薄赤い光が俺を招いてきているのを認識し始める。


 どうして、気づかなかったんだろう。
 楽器というものも、また、音の出る楽しいオモチャの1種でもあるということに。


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本邦? 初公開、これが第2次収容違反時における実体の、左側の姿だ!


 ……


「……君、フルート、二年、……君、……さん、」

 窓一面に夕焼けが貼り出された吹奏楽部の部室で、コンクールの一軍部門に選ばれた部員の名前が読み上げられている。
「……アルトサックス、二年、……君、……さん、……さん、三年、……君、……」
 俺も他の皆と同様、落ち着かない様子でクラリネットを握っていた。
「……クラリネット、二年、……君、S君、……」
 そして、ついに自分の名前が呼ばれるや否や、俺はパート内でも特に仲の良かった「親友」とも呼べるメンバーと、喜びを分かち合った。
 選ばれなかった同学年からも、「良かったな」「頑張れよ」等と、暖かい言葉をかけられる。

 暖かい言葉を。

 なのに何だ、この、何というか……笑うにも、歯を出して満面の笑みを浮かべるまでには至らない、この感覚は。

 この部室に来て……ここにいる時から、ずっと、上手くは言えないが、「ザワザワ」して、あまり居心地が良くない。
 もっと正直に言うと、ここにいるのは、嫌なくらいだ……

 同じく一軍部門に選ばれたメンバーと称賛し合ったりしながら、俺は手元を見る。
 俺の手にしたクラリネット。俺は栄誉ある……いや……本当は……

 誰もいないはずのずっと後ろの方から、視線を感じる。部室の壁か、それよりももっと後ろから。
 その視線は、X方向、Y方向、Z方向の3つ、3次元の色々なところから、監視カメラすら置けないような、緋色に光る窓の外からも……

 ……忌わしい。


 気づけば、まずは1回、選抜メンバーで課題曲の合わせをしてみようという話になっていた。

 楽器を構え、前を向く。

 指揮者、俺たちの名が書かれたホワイトボード、音取り用のキーボード、それらの奥の方にある、あまり使われない黒板に、何やら数字が書かれているのが見えた。

 イチ、ナナ、これは何だ、いや、本当は知っている、それに続いて栄誉あるあの「ナンバー」が完成し……

 調子笛ピッチパイプが鳴る。俺は急いでそこから目を逸らし、選ばれしものたちと同様に、マウスピースを咥え、そこにある、……の楽器に命を吹き込み始め……


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第2次収容違反時、実体を管理エリア外の民間人が住む場所まで逃がしてしまったことは、確からしい


 急に、怪物の眼前へと引き戻された。
 防音装備は相変わらず壊れていて、俺は誘われるままに奴の中へ行くしかない。

 咀嚼。激痛。
 やがて来る、チューニング……同じ音階の圧力。

 そして気がつけば、再び吹奏楽部の部室にいた。
 名前を呼ばれる。喜んでもらえる。選ばれた (俺を含む) メンバーで、合わせてみよう。


 夏のコンクールを控えて、既に緋色の夕日は窓から俺たちを灼いて汗だくにしているというのに、

 ……なぜ、ほんの少し、ほんの少しだけ、空気が冷たい感じがするのだろう?

 チューニング。指揮者も準備をする。俺は「再び」マウスピースに息を……


 ……


 やあ。


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そしてまた食われ、喉の奥から腹へ……下腹部、チンコ? の辺りに、変なやつがいるぞ!? 笑


 俺は怪物と再会を果たす。

 すぐさま、食われて……そして、学生時代の、吹奏楽部の部室へ。

 もっと多くの視線を感じて、ぞわぞわする。
 俺の名前が呼ばれる前に、手を上げた。
 気分が悪いので休憩したい、と。
 そういって部室の扉に手をかけて、鍵がかかってもいないのに開けられないことを確認する。
 やっぱり自分の椅子のところで休む、続けてくれと読み上げ係に話す。

 合わせ、チューニング、楽器を手に……

 「今回」は、部長がピッチパイプより先に電子メトロノームを起動させた。

 イチ、ニイ、サン、ヨン、4拍子のリズムを意識して前を向く。
 すると、黒板に書かれた、イチ、ナナ、サン、の次に、もう1つ、「3」の数字が見切れているような気がした。


 そして楽器を吹くと、すぐさま、怪物に食われるループへ。


 何だ、どういうことだ。
 “おもちゃ”はどうした?
 ロボット、飛行機、ふわふわのウサギは?

 こんなものが本当に、栄誉ある番号の……いや、そもそも……何か、根本的な間違いがあるんじゃないのか?


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民家の仏間まで侵入してきたらしい……大丈夫か?


 “そして繰り返す。”
 数度の繰り返しで、部室には、明らかに「初め」は存在していなかった、ピリピリする異様な空気が蔓延するようになっていた。

 窓の外が、怪しく赫く、夜に投げ込まれる夕日色の光で、容赦なくこちら側を照らしてくる。
 カアカアと鳥が鳴く。あいつらは、今の状況を異常だと認識していないみたいだ。

 何者かが勝手に、俺に情報を提供する。
 栄誉ナンバーの次に3を加えた、非常によく似て、しかし非なる数字。
 それは、時間のループへの監禁を示す、と。
 怪物は沢山の人間を取り込むので、研究クリアランスを持つ被害者の意識が、俺に混入でもしているのだろう。

 何度も全身をバリバリと骨まで齧りつくされるのは、例え奴の「精神影響」によって謎の幸せを感じているとはいっても、多大な苦痛と消耗が発生することには変わりはない。
 また休憩、と言って手を上げ……ようとすると、まるで全ての部員から凝視を受けるような感じがしたので、俺は寧ろ、率先して逃げるようにクラリネットを吹いた。


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リセットして食われる。いや、食われる方がリセットなのか?


 怪物に食われて吹奏楽部で目を覚ます。

 吹奏楽部でのループが始まると、部員たちは目に見えてネガティブにざわつき始め、ループが進むごとにそのどよめきは強くなってきていた。
 ついに、その嫌な感じの話し声の中から、舌打ちの音を聞き取った俺は、名前の読み上げなんかが済んでない時点でマウスピースに息を入れた。
 すると、それでもリセットができた。


 少しずつ、理解してきた。

 俺の方が、遊ばれているんだと。

 ……ちくしょう、このやろう。

 人をオモチャに、しやがって。


 ……しかし、「夢のような」怪物を前にすると、どんなに身をよじったり、後ずさりしたりをして抵抗をしても、そもそも奴の誘惑に勝てず、結局は自分から奴に近づいていって、次のループへと飛び込むのだった。


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幾度となく、その顎で砕かれる。痛みにはいつまでも慣れず、決して和らいでいくことも無い


 部内の緊張感は高まる一方だ。「時間のループへの監禁」というのは、監禁された空間にいる全ての人間が、過去のループの繰り返しを経験するらしい。
 そしてどうやら、奴らは俺がループの原因であることを見抜いているように感じる。一体どうやって?

 とうとう、仲の良かったはずのクラリネット・パートのメンバーの誰かが強く舌打ちをしたのが聞こえた。

 たまらずリセットする。


 ……そもそも、最初から、この部室は、個人的に逃げ出してしまいたい場所なんだ。
 マウスピースを吹けば、ひとまずは、退避することができる。

 でも、そうすると、またオモチャたちにグチャグチャに潰されて、結局は部室に戻される破目になる。


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リセットのペースは早くなる。ストレスの蓄積も、激しさを増していく


 しかし、怪物に食われている間に、大した改善案が浮かぶわけでもない。

 次に訪れた部室では、もはや暴動が起こる一歩手前というくらいに、その場の全員の気性が荒れていた。
 既に部室のドアを非常に強くガタガタと、本来ならば壊れるくらいに動かしているのに、びくともしないことに気づいている部員もいる。

“おい、S、何とかしろよ!”
 どこからともなく、名指しで俺の責任を追及する声が上がるのも、自然な成り行きであり、違和感は無かった。とはいえ、やはり心的ショックは小さくはない。
 待ってくれ、そう言おうとしたが、言おうとしたのを悟られただけで憎悪の倍増を感じ取った俺は、素直に再びリセットをする。


 ……今の俺はきっと、怪物の顎にミンチにされた肉袋。2つか3つにちぎられて、右と左の前脚で、何度も何度もジャグリングを繰り返されているのだろう。 (「お手玉」と「手玉に取られる」をかけて何かうまいことを言おうとしたが、なかなか上手くはいかないもんだ)


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だが……どうやら、


 幾らリセットをしたって、食われてすぐ部室に戻るので、進展は何もない。
 怒号が飛び交い、……先輩後輩の間柄を含めて、皆が和気藹々としていたはずのクラリネット・パートのメンバーが、こぞって俺を掴み、引っ張り、無理矢理、クラリネットを吹かせようとする。


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どうやら、少しずつ、この物語の中心は、こいつから離れていっているらしい


 逃げるようにマウスピースで「リセット」して、また食われて部室に戻ると、 (最早ひと言で済ませられるほど事態を急速に進展/回転させることを余儀なくされている、) 喧騒は更に苛烈さを増す。
 再び近くのメンバーが一斉に俺に掴みかかる。コンクール……夏が近づいていたことで半袖にしていた俺の肘から先を、何人もが掴んで、爪を立てて肉に食い込ませてきている。糞が。

 そして、俺の襟首がぐい、と引っ張られる。一番仲の良かったはずのメンバーの、怒りの形相が間近に迫った。

「S、さっさとしろよ、この野郎!」
 親友と思っていた奴のそんな声を聞くことになるとは、思ってもいなかった。

 大人になり、しかも何の因果か秘密組織の警備兵という職に就くことになったものだから、人からの恫喝、追及なんていうのは、新人時代や訓練の時にさんざん受けさせられて、もうすっかり感覚が麻痺していた、気になっていた。

 ……この、背中に温度の無い風が吹き抜けるような感覚は、ひどく久しぶりだ。


 そして、ひと呼吸を置いて、奴は溜め込んだものを吐き出すかのように叫んだ。
「……ズルしてコンクールに受かった癖に!」


 汗が噴き出てくる。暑いからだけじゃない。

 やめてくれ、と言おうとしても口を開くことができない。
 俺は歯を食いしばり、右手のクラリネットを更に強く握りしめる。

 父さんのクラリネットを。


「俺たちが、何も分からないでいたと思ったか?」
 かつて親友であったものは、なおも責め立てる。

 ……コンクールの時期が近づき始めて、周りよりも遅れて選抜メンバーの栄誉に興味を持った俺は、密かに、自分の楽器を、学校から支給された教育目的の備品から、かつてプロの演奏家が使っていた高級品へと取り替えて、練習に勤しむようになっていた。

「俺たちだって、きちんと練習していたんだ。急に、不自然に良い音が出るようになった奴のことなんて、簡単に分かる」
 そして、俺は晴れてコンクールの選抜一軍メンバーになることができた。

「コンクールの後の打ち上げの時も、卒業の時も、俺たちは、そのことに触れなかった」
 おまけに、ソロパートを演奏する機会までも与えられた。
 コンクールは金賞だった。

「お前のためじゃない。パートメンバーの、和のためだ。お前みたいに悪いことをするやつがメンバーにいるなんてことは、あっちゃいけない」

 俺は口を開いたが、震える息しか出なかった。あれは、何かのルールに違反しているような行いでは無かったはずだ。
 ただ、言わなかっただけだ。周りの、特に仲の良いメンバーに対して。
「……でも、ダメだった。結局コンクールの後、俺たちのパートには微妙な不和が広がり始めた。疑心暗鬼、不寛容、高め合う意識とかではなく、他人を蹴落とす思考。気づかなかったのはS、お前だけだ」

「クラリネットだけじゃないぞ、S! お前の悪影響は、他のパートにも蔓延していったんだ!」
 フルートの方から、いかにも神経質そうな罵声が飛んできた。
「やがて、部活全体の雰囲気が悪くなって……お前の代が卒業して以降、コンクールで良い賞を取れる機会が、目に見えて減ってきたんだ」

 他のパートのやつも、後に続いてどんどん追及をし始める。
 先輩、後輩、男子、女子。
「そうよ! そんな風にして、だんだん、うちの部が昔よりも楽しくなくなったって言う子が出始めてきたのよ。それを聞かされる後輩たちの気持ちが、あんたに分かる、S!」
「後ろの代の子たちは、本当に苦労をして、部を立て直そうとしていたよ」
「それでも、まだ、うちの部は全盛期の勢いを取り戻せていない、なんていう人間も多い」
「部のOB会どころか学校の同窓会にすらろくに顔を出さないお前には、後の世代がどんなに大変な思いをしたか、何も知らなかっただろう! ……もっとも、お前にとっては、何の興味も無かったのだろうがな!」

 そんな風に、がなり立てたりしているこの連中は、俺も含めて、あどけない若者の顔をしてはいるが、その深層にある意識の領域には、あの頃に戻れちゃいない、今を引きずる奴らの意思が存在していた。

 そして、奴らの、顔が、身体が、変質し始める。
 ノスタルジーの外面を捨てて。
 その顔は一瞬、少し大人びたような顔に変化したが、続いて、金属、または塗装された木材のような異形の質感を帯びてゆき、次第に全身の方もグニャグニャと曲がって、非人間的な形状を成すようになる。
 奴らはそうして、グロテスクなクリーチャーになった、わけではない。その形状を俺はよく知っている。
 トランペット。ホルン。チューバ。フルート。クラリネット。
 俺は同窓会の類を忌避していたから、奴らの今の顔を見たってピンと来ない。
 だから奴らは、俺にとって今も奴らの識別記号として有効な外見、即ち楽器に変化した。

 奴らは楽器人間になった。

 生きている楽器たちが、楽器を持ちながら (どうやって?) 一斉に、俺に詰め寄ってくる。

“全部お前の責任だっていうのに、逃げやがって!”
“お前が、この部活どころか、このコミュニティそのものを、つまらなくしやがったんだ!

 何を言っているのか、分かるが、分からない。言葉のイメージと共に、一斉に発せられるフォルティシモの音色が、俺の耳を壊さんとばかりに響く。
 何がトロイメライだ。人のトラウマをほじくってきやがって。

“お前はこのコミュニティの質、品格を下げたんだ!
“全部あんたのせいよ!”

 部屋の中で2倍になった楽器たちの大合奏。ジャーン。ブーブー。パフパフ。ドーン。

 それぞれの楽器が無関係に、ハーモニーを生まずに耳障りな不協和音を流す中で、俺は奴らの真 (の悪) 意をテレパシーのように感じとる。
 奴らは俺に、部室に来るたびにすぐさまマウスピースを吹かせて、この無為な時間を少しでも減らそうと考えているのだ。

 即ち、楽器人間たちは俺への続けざまな、永続的な失神を強要しているのだ。
 いわばこの音は、交響曲「失神」とでも言ったところか。

“何の苦労もしないで良い目を見て、おまけに大勢の他人を不幸にしやがって!”
“お前に選抜メンバーの栄誉は相応しくない!”

 分かった、分かった、いい加減にしてくれ、頼む。

お前は、このコミュニティ自体に、相応しくない!
“永久除名だ!”

 もう分かった、もう……

“せっかく時間が昔に戻ったんだ。ここで、コンクール一軍メンバーの参加を辞退しろ!”

(もう、もうこれ以上は……)
 俺はぎゅっと目を瞑った。

 胸倉を掴む、よく隣にいた“クラリネット”の、意外にも強い力で、俺は立たされるどころか、少し宙に浮いていて、そうして群衆から少し高い所にある俺の頭部をめがけて、ありとあらゆる罵倒が、360度の方向から飛んでくる。
 すごく強く目を閉じると、血の色なのか、目の前は少し赤くなる。おまけに窓の外の夕日が、余計に視界の「無」を燃え上がらせる。

 瞼の裏に浮かぶのは、後悔、ではない。

 周囲からの、とりわけ俺を掴んでいるやつからの激しい憎悪。もう今にも、更に直接的な俺への暴力へと移行しかねない、緊張の高まり。
 そういった危機に対して、俺は、自分が、腐っても1人の、機密施設の警備職員であることを思い出していた。

 俺にはスパルタで叩きこまれた、軍隊式の護身と制圧のための格闘術の心得がある。俺の業務には、日常的に訓練のスケジュールが組まれている。
 確かにこの状況の責任は、俺にあるのかもしれない。
 でも、それはそれとして、俺が肉体的な危機に陥るのであれば、かつて苦楽を共にした仲間だとしても、俺はそいつらを「ひとひねり」にして、安全を確保する必要が……

(……待て、)
 しかし、別の思考が俺の暴力衝動に静止をかける。

 かつての仲間たちから昔の過ちを責められて、感情が爆発してその仲間たちを手にかける、だって?
 そんな話は、あんまりにも、アレな……クリシェあるあるってやつではないのか? 俺はそんな、ありふれた考え方しかできない凡夫なのか?

 もっと、「面白い」やり方でこの状況を打破することはできないのか? 俺にはそれくらいのポテンシャルが、あっても良いのではないか? なんていう風にどうして急にこれからの展開について「面白い」かどうかなんてどうでも良いことを考えるのかというあまりにも正当な疑問が頭に浮かんだにもかかわらず俺はそのことを追求することはせず、「改めて」の次なる手に対しての思考を張り巡らせていると、

 ふと、怒号が静まり返っていることに気づいた。
 俺は、自身の胸倉を掴んでいた、上方向への怒れる力もすっかり消え失せている (よって、俺の足は地面に付いている) ことまでには気づかずに、目を開けた。


 吹奏楽部の閉じた部室が、血と死体で溢れかえっていた。
 「楽器人間」となって俺をさんざ罵っていた連中が、目を開けた時には、人間の姿に戻り、何だかよく分からないが、血を吐いて、身体の色々な所から血を出すような死因で、そこら中に倒れこんでいた。

 俺はますます目を剥いた。そして、気づいた。
 ここはトロイメライ、夢の世界だ。
 目を瞑っていた時に、俺は、部員全員を皆殺しにすることを、一番最初の対処のアイデアとして思いついてしまった。
 だから、その夢が実現してしまった、ということなのだろう。


 ……一番、つまらないと思ったことが、起こってしまった。

 どうするか。
 すぐに分かった。


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……最早、


 まずリセットして、俺に向けられた憎悪たちの感情に別の緊張感が加わっている中、部活動をやっていた頃から気に食わなかった奴1人の頭を吹っ飛ばして、すぐにまたリセットした。
 ここが夢の中だと改めて理解した今では、その世界に銃を持ってくるなんてのは造作も無いことだ。
 そして部室に戻ると、恐怖政治を始めた。歯向かう奴は銃と体術で殺した。閉じ込められた部室の中にある、食べ物と飲み物になるものを全て独占した。俺が何日もリセットをしない間、奴らが飢えと渇きに苦しみ、1人1人倒れていくのを、ただ黙って見届けた。
 もしも俺が反抗されて、劣勢になるようなことがあっても、またリセットすれば済む話だった。最早マウスピースのパーツはクラリネットから引き抜かれ、常に俺の懐に忍ばせられている、リセットのためだけの道具と化していた。


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今となっては、


 暴力、威圧、殺戮を何回か試した後、俺は当時の部内で男子から一番人気のあった女子を、まず恐喝して強姦した。リセット後、俺はその子に、自分から奉仕するように命じた。彼女は従った。

 ……素晴らしい。俺は愚かだ。理解が遅すぎた。
 ここは、まさしくオモチャの楽園じゃないか。すぐに元通りにできて、どんなことも試して、遊べる。
 最高の箱庭、“サンドボックス”だ。

 リセットして怪物に襲われる時、防弾服の袖部分に、例の栄誉ナンバーの後ろに3が加わった数字の、そのまた後ろに、収容区画が日本の管轄下にあることを示す「-JP」という語句が見えたような気がしたが、もはや気にも留めなかった。


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コイツは、もう、


 次に俺は、俺自身が当時、密かに思いを寄せていた子に、同じようにした。それから、男子からの総合評価は惜しくも1位を逃していたが、明らかに部内で最も巨乳だった女の子に狙いを定め、その時は、それまでとは違って、間接的に怯えさせるにとどめ、やがて自分の方から迫ってくるように仕向けた。肝要なのは、遊び方の多様性だ。

(……違う)

 感じの良さげな女の子を一通り犯してリセットした後、敢えて、男子たちに、誰が好きなのか白状することを強要したりした。また、俺は何もせずに傍観者側に立って、想いの成就ではなく「面白さ」を優先した「組み合わせ」での、乱交騒ぎを起こしたりもした。愛憎がぐちゃぐちゃになったところで、殺し合いもさせた。使用させる凶器は勿論、楽器だ。

(……違う、)


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この物語の主役では、


 リセットをするといっても、過去に俺から受けた仕打ちの記憶は残る。「オートセーブ」なのが不満の1つだ。
 だから、ある時点から何回か、俺と、俺のやましい秘密と、この世界に関するあらゆる考えを「リセット」されたかのように振る舞うことを、奴らに命じたりもした。
 俺の不正を見過ごして、卒業までの時間を過ごしていたというんだ。この空間の中で、あの頃と同じように仲良く過ごすことだって、できるはずだ……お前たちにとっては難しいことではないだろう、前にもやったんだから、等と言いながら。

 俺たちは協力し合って、閉鎖された部室からの脱出を試みた。演技に失敗したやつから順に、謎の死を遂げる「脱落者」となった。

(……そうじゃない……!)

 恐怖、暴虐、性。それ以外に良質な邪悪というのを考えて、排泄に関する企みというのも、実行してみた。
 結局のところあの部室は俺の夢の世界だ。閉鎖空間内における奴らの尿意、便意も、俺の意のままに操ることができる。
 ……けれど、この方針は失敗だった。その時に最も悲惨な目に遭った奴は、次のリセット以降もずっと狂ったままになって、使い物にならなくなってしまった。 (せっかくのオモチャが1つ、壊れちまった)


(違う、……もっと、誰も見たことのないくらい、非人道的なことをしなければ)

 ……面白くない


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……ない


 恐らく60回目くらいのループ。
 出られない教室には死体が散乱している。大体の死体は壁に打ち付けられるようにして斃れている。

 最初に「キレた」時とは、また様子は違う。
 あの時は漠然と奴らを皆殺しにすることを考えていたから、奴らはよく分からない死に方で全滅していた。
 だが、今の俺は、想像して持ち込んだ、永遠に弾切れしない自動小銃を持って、呆然と立ち尽くしている。

 死体の状態はとても良くない。狙ってやったものだ。
 敢えて、腹、下半身を狙って撃ちまくった。
 そうして……床じゅうに、血と排泄物の混じったものが堆積している結果となった。

 ありがちなスプラッターだ。何の芸術性も無い。
 でも、これ以上もっと面白いことって? もう、考えられない。

 自動小銃を手放して、椅子にどっかりと座りこむ。

 神にもなれるこの砂箱を与えられて、この体たらくか。
 俺は最早、公園の砂山で遊ぶ子どもよりも、創造性を持っていないのではないか。
 あるいは砂場に紛れた犬、いや牛の糞よりも可能性に乏しく、あるいは、砂の中に光るヤドカリの貝殻よりも価値が無いのかもしれない。砂場に牛が糞を? まあどうでもいいことだ。

 頭の中身が、「星のカービィ」のカービィに吸い尽くされているような感じだ。
 そのピンク色のクリーチャーがぽっかり空けた真ん丸な口の中には……非常に巨大な無が、広がっている。

 椅子に座りこんで、うつむく。何もしない。何もできない。

 虚飾の玉座。

 この怪物は結局、影響下に置いた人間から作ったオモチャの塊であるわけで、収容の際は、できるだけ影響力が少なくなるように、できる限りぶっ壊して、あるいは分解してから檻に入れるのだという。

 今、俺が座っているこの場所は、過去に取り込まれ、その「破壊」によって追い出された、誰かの領域なのだろう。
 そこに残されたのは、虚飾の玉座。
 座する主を失ったそこは、第2位次収容違反による「城」の再始動によって、その玉座に再び相応しい者を捜し始めたわけだ。


 ……本来、俺はここに座るべきでは無かった。
 それを、まざまざと自覚されられている。


 暴虐の限りを尽くしている間に、内心で「違う」「俺の本当にやりたいことはこれじゃない」だのと叫ぶって?
 そんな演出を、過去に誰もが何度、やってきたと思っている?

 ふと、栄誉ナンバーの1つである「3」と、それに同じ3つをかけた「9」という数字が、何やら頭にちらついてくる。

 ……そうさ、大体、スランプやイップスが引き起こす怪奇の物語自体だって、前例があるというのに。
 ずっとずっと、昔から。今に至るまで、幾度となく。


 俺には……俺には、これは、過ぎたオモチャなのか?

 血だまりの中に放置されていた、俺の (いや、本当は俺のじゃないだろ?) クラリネットに手を伸ばす。

 マウスピースをしっかりと嵌めると、それは久方ぶりにクラリネットとしての完成形を見せる。
 俺は改めて、そいつと向き合う。
 良い考えなんてないが、前に進まないと何も始まらない。
 俺は顔を近づけて……

 室内のどこよりも酷い臭気に当てられて、思わず俺は、それを再び血だまりの中へ投げ込んでしまった。

 リードが腐っている。

 思えば当たり前だ。最後に吹いたのは何十年前だ?
 もっと早く気づいてしかるべきものを話の後半まで引っ張るなんて、本当に俺ってやつは、まるでクリシェの主人公じゃないか (笑) ……何も笑えない。

 血だまりから、代わりに、自動小銃を拾った。

 血に汚れてはいるが、その血も鮮やかで、何より、その血を拭きとって現われてくる銃身は……

(うん、こっちのオモチャの方が、ピカピカしてる)


 俺は銃口をしゃぶりながら撃った。


AA60-Day.gif

やあ、久しぶり


 ……悪いことというのはできないもので、非道を行っておきながら勝手に死んで終わらせようとした俺が放った弾丸は、頭のちょうど良いところを貫通して、俺に一命を取り留めさせた。

 生命と意識がある状態で、ギリギリ致命傷でない銃創が、喉と脳と後頭部に残留し続けることによる、その痛みとショックを、もしも精緻に記述できたのならば、それこそ、読者諸君に特別で面白みのある極上の恐怖と悪感情を体験させられるのだが……しかし、語彙と精神の薄弱な俺には、「筆舌に尽くしがたい」痛みが全身を駆け巡り続ける、という風にしか言い表せない。

 おまけに、部活動の世界でループを断とうとしたわけで、どうやら怪獣に食われる世界へと、頭部にそんな傷を受けながら戻ってきたらしい。
 全身をオモチャどもが上下左右からガチャガチャガチャガチャと圧迫、摩擦して、激痛を加速させる。よく失神しないものだ……寧ろ、何で意識があるんだ?

 俺の身体は、そうして、しかし、そんなオモチャの中から引っ張られていくような、何というか、力の「ベクトル」も知覚し始める。

 それから俺は……あっけなく、怪物の中から、機動部隊によってガラガラと引きずり出された。

第2次収容違反鎮圧完了報告 (概要): …… (略) ……収容違反中に取り込まれた警備員Sを含む数名…… (略) ……回収された。

 これが、正しい遊び方だったのか?

特に警備員Sは取り込まれた後、比較的早い段階で機動部隊に救出され、その段階で重傷を負ってはいたが意識ははっきりしており……

 ……いや、待て。

……後遺症による身体欠損はあるものの日常生活に大きな支障は無く、現在はEクラス事務員として復職している。心理検査によれば、現在までに心理的外傷はすっかり治癒されたものと評価されている。


 どうして俺は、俺を見ている。つまり、どうして俺の視界にある、俺の身体の像は、ピクピクして、担架にかけられながら、そして、俺の視界から、遠ざかっていくんだ……?


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「剥離」と共に、「俺」の自己同一性も薄れていく


 突如、俺の視界は熱い煙に包まれる。
 サイト警備チームとは格の違う、「機動部隊」による集中砲火が浴びせられたのだ。
 “たまらない”、俺は身をよじる。
 そして、怪物が身をよじる。

 そうか。俺は、こいつの中に閉じ込められることになった、俺の悪い心か何か、なのか。

 機動部隊は統制の取れた動きで、「再収容プロシージャ」をこなしていく……
 即ち、集中砲火で俺=怪物の叫びすらをかき消しながら、その身を剥がして小さくしつつ、その火力から逃げていく怪物=俺を、巧みに収容室へと誘導していく。

 俺が最後に見た、俺の姿は……平和的に物語を終えたか、あるいは正しい遊び方のできた、並行世界の自分なのだろう。

 ……この怪物は結局、影響下に置いた人間から作ったオモチャの塊であるわけで、収容の際は、できるだけ影響力が少なくなるように、できる限りぶっ壊して、あるいは分解してから檻に入れるのだという。

 機動部隊は、収容室前まで追い込まれた俺=怪物の身体を、なおも更に安全Safeな大きさにするべく、銃火器で切り刻んでいく。

 最後に収容室の奥へとそいつを押し込むのは、遠隔からの指示によって動かされる、コンパクトながらも高いパワーを誇る重機のような自動ロボットだ。
 それは、極力、人間の職員が怪物に直に触れて、何か悪いことが起きないように配慮された、行き届いた「プロシージャ」だ。
 ちくしょう、お前ら、俺と似たような見た目で、似たような存在のくせに……


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そうして、生死すらも曖昧な非現実の王国から、


 かくして、すっかり修復の済んだ収容室の扉は、再び封鎖された。
 “ガシャーン”、と、威勢のいい音の出る牢屋のような扉ではないが……イメージの中では、そんな音がした。

 後はもう、この部屋の隅で、独り寂しくがちゃがちゃ、ガラガラと縮こまっているだけだ。


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死の救いすらない現実へと、おれは「希釈」された


 “それで私が書いた奴はこれで終わり”……とは、行かないな。
 どうにも気がかりな点が、あるんだ。


 今回、俺の遭わされた目というのは、吹奏楽部という、「俺」と密接に関わっていたキーワードが中心になっていた。

 これだけが、この「怪物」の能力なのだろうか?
 他の奴が取り込まれた時も、吹奏楽部の部室に飛ばされるのか?
 そんなことは無いだろう。

 こいつの持つ特殊な能力、異常性というやつの、その本質というのは、何だろう?
 他の奴が取り込まれた時……何が起こるのだろうか?

 どうやら、俺の予想と違って、俺の意識というのは、今後も、この怪物と共にあるらしい。
 俺はもう、警備職員としての職務をこなすことはできない。
 意識だけになった俺ができることと言えば、俺の組織が怪物を子飼いにして、本来やりたかったこと……
 研究。
 考察をして、探求を深めて……そうして暇を潰すことくらいだ。

 そのためには、データを集めなければいけない。
 どんな奴が取り込まれたら、何が起こるのか。
 もっと多くの、サンプルを識らなければ。
 きっと「俺」だけじゃなく、この中にいる「みんな」も、同じ気持ちを持ってくれていると思う。

 データが必要なんだ。
 今の状態では、やりたいことを進めることはできない。
 次に、……動けるのは、正直、他の「特別収容オブジェクト」か何かが、「収容破り」のような“インシデント”を起こしてくれた時に、その漁夫の利を得るようにして、外に出られたときだろう。
 自分が好きに外出できるほどのパワーを持っていないのは、弁えているつもりだ。

 でも、もしも、そのチャンスが巡ってきたら……
 次は、君のエピソードを、教えておくれよ。


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更なるデータが、サンプルが、欲しいんだ


 データが不足している。

 この物語を、至高の形に仕上げるためには、

 まだまだ、もっともっと、もっとたくさん、

 データを見て、比べて。インプットしなければ。




 もっとデータを、集めないと……


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もっとデータが必要だ


sb3infoのincludeに|tag=引数を設定すると、予定しているタグを表示できます。


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執筆者: soilence
文字数: 17863
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最終更新: 21 Aug 2020 04:36
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