ある日を境に僕らは笑い出した。
辺り一面を笑顔が覆う。どこへ行っても、何を見ても歪なにこちゃんマークが溢れていた。
ある日急に現れた、あらゆるものを笑顔に変えてしまう認識災害 — SCP-1374-JPによって、世界はまたたく間に変わっていったのである。
しかし、そんな中、変わらずに現状を打破しようとする人物が数名、財団のサイト内に籠もっていた。
「また研究ですか。もう無駄なのでは?」
長身で細身の男 — 茅原博士がデスクに向かっている男に向かって言い放つ。
「いや、無駄ではないはずだ」
デスクに向かっている中背の男が茅原博士の言葉に対して独り言のように呟く。彼はSCP-1374-JPの担当職員である瀬戸博士である。偶然にも間近でSCP-1374-JPに暴露したが笑顔にとりつかれなかった彼は、日々現状を打開すべくシュミレーション等で実験、研究を繰り返していた。
「何故そう言える?今だって打開策は見つかってないんだろ?それに、あなたのせいで世界はこうなったというのに」
茅原博士がイヤミを込めてしゃべる。確かに、瀬戸博士のミスが原因で今の状況に陥ってしまった。しかし、だからこそ、人一倍責任を感じている瀬戸博士は研究を続けているのであった。
「……打開策は大方整っています」
小さな声で呟く。それを聞き逃さなかった茅原博士は「どれ、どんな打開策だ。教えてみろ」等と喧嘩腰でまくし立てていた。それに対し、瀬戸博士は「今はまだ教える時ではありません」と静かに答えた。
「……そうかい、じゃあ教える時になったら教えろよ」
茅原博士はそう吐き捨て、オフィスを後にした。入れ替わりで、30代前半の女性がオフィスに入室する。
「また茅原博士に色々言われていたんですか」
女性の手に握られていたコーヒーカップがコトリという音とともにデスクに置かれる。それを感知した瀬戸博士がコーヒーカップを手に取り、ズズッという音とともにコーヒーを啜る。
「ああ。萩原君の言うとおりだ。だが、色々言われたが、全ては私が撒いた種だ。受け入れないといけない」
女性 — 正確には瀬戸博士の助手である萩原研究員は手を前で組みながら、瀬戸博士に対して心配そうに言った。
「ですが、わたしはいつか、博士の精神が壊れてしまいそうで心配なんです」
瀬戸博士は軽くほほえみ、萩原研究員に対して言い放った。その発言は、自身にとっての決意表明のようなものでもあった。
「私は、この事態が完全に収まるまで壊れるわけにはいかないんだ」
「そうですか。では、わたしはこれで」
コツコツという足音を鳴らしながら萩原研究員がオフィスから立ち去る。瀬戸博士は焦燥感に取り憑かれたかのようにデスクに向かい合うのだった。
「さて、研究を続けなければ────」
再度コンピュータを起動しようとした時だった。手元に置かれていた財団支給のメール受信デバイスからピロン、という軽快な音が鳴る。瀬戸博士がメールを確認するべく、デバイスを起動させる。
「送信元はフランス支部か……一体要件は何だ?」
そう独り言を零し、メールを開く。それを見て、瀬戸博士の目は大きく見開かれるのだった。
メールの内容を確認した瀬戸博士は、即座にSCP-1374-JPの報告書ファイルを開き、検閲を解除するのだった。本来であれば、笑顔に飲まれてしまうが感情抑制措置を受けている今はなんてことは無かった。
検閲が解除されたファイルを閲覧した瀬戸博士は、すぐにオフィスを後にして開発室に向かい、同じく笑顔に飲まれていないエンジニアに事情を伝えた上で依頼するのだった。
エンジニアから返事が返ってくる。
「分かりました。作ってみます。これで事態の収束に一歩近づくんですね」
「ああ。ありがとう。そして、私のせいでこんなことになってしまってすまない」
一言、謝辞を伝えた上で瀬戸博士はオフィスに戻るのだった。